十話 カシャの師匠
夜闇に紛れ敵の木槍の襲撃を受け、レオとカシャの乗るグリフォンは負傷し
撃墜されて森の中に落ちた。
落ちればただでは済まない高さだったが
傷ついたグリフォンがなんとか力を振り絞り、二人を無事地上に降ろしてくれていた。
流石はエルフの王城精鋭隊のグリフォンだ。
「すまない。助かったゾ」
カシャはグリフォンの腹部に刺さった木槍を引き抜き、応急処置をする。
その間、レオは周囲の警戒に徹底していた。
不意にレオの肌が張り詰め、背筋が伸びる。
「カシャさん! 来ました!」
敵の気配を感じ、すぐにカシャに知らせた。
「下がっていろ。この気配……まさか……」
緑月に照らさせ現れたのは、腿の辺りまで伸びたボサボサの橙色の髪の男。
黒い不気味な仮面。
引き締まった筋肉に大柄の身体。
全身を包む黄色い線が入っている黒いインナー。
胴体には分厚い鉄の鎧。
手足には鉄のガントレットとグリーブが付いていた。
「久しいな。カシャ」
「……ラヴェイン師匠」
カシャが現れた男を師匠と呼んだ事にレオが反応する。
「師匠!?」
「あぁ、そうだゾ。私にこの世界の生き方と戦う術を教えてくれた
“金有場”の師匠だ」
「暫く見ない間に随分と成長したな。互いに傭兵の身。いずれこうなる気はしていたが」
「そちらも変わりましたね。なんですか、その趣味の悪い仮面は」
「お前がそれを言うのか。昔の私の真似なのか知らんが、趣味の悪い服装だ」
二人は装いを貶し合う。
仲が良いのか悪いのか互いに仮面を付けているため表情が読み取れない。
だが、ヒリつく緊張感がこの場を支配していた。
「カシャ、身を引く気はあるか?」
「残念ながら、ありません!」
「良い忠義だ。なら、ここで死ぬといい」
その刹那、ラヴェインは羽根のような軽やかさでカシャとの間を一足で詰める。
「っ!」
二人は同時に拳を繰り出していた。
「コウテイパンチ!」
「マッコウパンチ!」
二人の拳は衝撃波を生み、周囲の木々を吹き飛ばす。
「なんて威力だっ……」
レオは衝撃に必至に耐えて二人の激突を目に焼き付ける。
「良い拳を出すようになったなカシャ。だが――――」
ラヴェインが愛弟子の拳を褒めた途端
カシャの腕がスポンジのように軽くなる。
「残念だ」
カシャの拳は一気に押し負け、森の奥へと吹き飛ばされた。
巨木に背中から激突し、血を吐いてその場に倒れ込む。
「ぐはっ……い……今のは……」
拳に押し負けた事で肩が抜け、右腕が上がらない。
背中への打撃で呼吸も碌に出来ず、脳に酸素が回らない。
そんなカシャを追い詰めるようにラヴェインは静かに歩み寄る。
「私の能力《軽重》だ。質量を多少なり変化させる事が出来る」
「能力に目覚めたのですか……?」
「いいや。能力に目覚めたのではない。与えられたのだ。
私は選ばれた。この“力”を買われたのだよ」
「バカな……能力を与える事なんて事……」
「出来ないと思うか? お前の持つ能力《泣きの一回》も異能であろう。
“能力を与える能力”があっても何ら不思議ではあるまい」
ラヴェインが倒れたままのカシャに拳を構える。
「カシャさん!」
レオはカシャを助けようと咄嗟に駆け寄った。
「来るな茶髪!!」
カシャの警戒も遅く
ラヴェインは拳の構えを解いた。
「ミナミセミキック!」
片足を軸に凄まじい威力の回転蹴り放ち
レオを遠くへと蹴り飛ばす。
「ぐがっ!!」
「《軽重》! 重量化」
蹴り飛ばされたレオは木々を弾丸のように貫きながら
奥へ奥へと吹き飛んでいく。
そして、ついにはその姿は夜闇で見えなくなった。
「奴の身体の重量を鉛の如く引き上げた。当分は戻ってこれまい。
さぁ、邪魔者は消えた。立て、カシャ。お前の成長存分に見せて見ろ」
ラヴェインは元教え子に再び試練を与えるのだった。




