九話 残忍な野菜
落ちていった皆をグリフォンに乗り空中から捜索するハーフ。
「なんて世話の掛かる奴らなんだ! もう、このまま逃げても文句はないよな!?」
しもしない文句を言いいながら、懸命に探していると
突如として地上から伸びて来た長い蔓がグリフォンを絡め取った。
「うおおおお!?」
ハーフはグリフォンごと凄まじい勢いで森の中に引きずり込まれてゆく。
この下には敵が待ち構えているに違いない。
「《縦断》!!」
すぐさま手刀を繰り出し、空間ごと蔦を切り取った。
「この能力あんま使いたくないのに!」
ハーフの能力《縦断》は空間を切り取れるという強力な力の反面
老いが早くなるというデメリットのある能力だ。
攻撃からは逃れたものの相手は樹属性の攻撃を駆使してきている。
森の中では無限の供給源があるため圧倒的に不利だ。
再び、樹属性の攻撃が始まった。
上空に蔓が伸び、網状に編み込まれ落ちてくる。
「避けてくれ!」
ハーフはグリフォンの手綱を引くがグリフォンは少しも進まない。
「なにしてんだ!」
ハーフとグリフォンはそのまま蔓網に捕らえられ
絡み取られたハーフの両手は蔓に縛られ能力を封殺された。
地面に引きずり下ろされたが、敵の姿は見えない。
幸いな事に足はまだ縛られていなかった。
「詰めが甘いんじゃないか?」
ハーフはこの場から離れようとするも、足が前に進まない。
まるでバリアが張られているかのように一歩たりとも踏み出せなかった。
「なんだこれ!?」
身体は前に倒せる。
しかし、足だけがどうしても進まない。
「くっそ、能力持ちかよ!」
方向転換し、別の方向に進もうとするが
もはやその場から動く事が出来なかった。
完全なる詰み。木の根を槍にして地面から攻撃されればその場で串刺しだ。
負けを察した途端、ハーフは賭けに出る。
「おい、待て。芝居はここまででいいだろ?」
ハーフは声のトーンを下げ、夜闇に語り掛ける。
しかし、返事は無い。
「ちゃんと潜入して奴らを誘導してきた。
随分と危ない橋も渡って来たんだ。金は弾んでもらうよ」
ハーフが悪い笑みを浮かべる。
「……そんな話は聞いていない」
初めて反応があった。
声は木々から反響し、声の主の居場所は掴めない。
「当たり前だ。敵を欺くにはまず味方からって言うだろ?
極秘の指令だ。カテスかメサにでも確認してもらえば分かる」
「ふむ……。カテス様に確認を取る。暫し待て」
「おいおい! 功労者をこの扱いで放置するっていうのか? それはいただけないな」
「なら、どうしろと?」
「この蔓を解け、なんて言わないからせめて姿を見せてくれ。それが任務遂行者への誠意ってもんだろ?」
「…………いいだろう」
少しの間の後、地面から緑の植物が生えてきた。
「よっこいしょ」
その下から細く長い胴体が現れる。
「でかっ!」
全長二メートル三十センチの植物系魔物。
頭部は鮮やかな緑の花蕾が実り
顔から伸びる複数の角が大きな頭を支えているように見える。
首から六枚の大きな葉が広がり
極端に長く白い手足に股間の部分はやけに尖っていた。
「お前、豊穣の地の魔物か」
「そうだ」
「益国だけあって随分と立派に育ってるな。
流石、豊穣の地を名乗るだけある。
そういえば、あそこの十二貴族はゼペーシオ家だったかな?
あの家とは結構交流があって――――」
「つまらん雑談を交える気は無い。満足したなら私は確認に行く」
「つれないな。もう少しお喋りしていけよ」
「そんな無駄な時間は無い」
魔物は踵を返し、背を向ける。
「そうか。じゃあ……お別れだ!」
「っ!」
ハーフは不意を衝き、魔物の背後から《縦断》を放つ。
手刀から繰り出された斬撃は周囲の空間ごと切り取り、魔物の全身を跡形も無く消し去った。
「わざわざ敵の前に姿を現すなんて馬鹿な奴だ」
ハーフは魔物の軽率な行動を嘲笑う。
会話の最中、蔓網で動けないグリフォンに手の蔓を噛み切らせ
両手を自由に解放していたのだ。
「なるほど。やはりお前はそっち側か」
突如として周囲の木々から声が響くと
地面から飛び出した木鎌がハーフの右腕を切り飛ばした。
「ぐっあああああ!!!」
大量の血を吹き出し、膝から崩れ落ちる。
前に倒れた身体は何かにぶつかりそのまま地面に滑り落ちた。
「あれは変わり身だ。卑怯な裏切者め。お前はただでは殺さん。じっくりと嬲り殺してくれる」
再び姿を現した魔物の表情には笑みが浮かぶ。
「殺しの時間だ」
残忍さを剥き出しにした魔物が瀕死のハーフに迫るのだった。




