四十七話 兄妹の約束(挿絵あり)
“裁きの調停者”Ⅵ席 シエラユースは
大量のエナとなり、天へと還る。
「朔桜、吸収しろ」
ロードが短く告げると朔桜は胸元のペンダントを翳す。
大量の淡く優しい光が、朔桜の宝具【雷電池】へと吸収されゆく。
その様子を静かに窺う“裁きの調停者”Ⅲ席 ルシファー。
邪魔する様子もなく、まるで彼女の死を黙するかのように事の終わりを見届けた。
「吸収したよ!」
すぐに朔桜はロードの負傷を治そうとするが、ロードは早々に手で制した。
朔桜は驚きロードの顔を窺うが、その表情は険しい。
ロードは振り向き、六翼の天使を見る。
「ルシファーと言ったか? 少しばかり時間をくれ。
そうだな……三分でいい。そうすれば、お前に抵抗せず素直に従う」
ルシファーはロードの眼へしっかりと向き合う。
その目には確かに“覚悟の決まった強い意志”が宿っていた。
「……いいだろう」
ルシファーは冷淡な口調で承認すると静かに目を閉じる。
「いいか、朔桜。よく聞け」
「うん」
「俺はメサの策略にハマり、エナを吸収しすぎて神域へと昇華されたらしい。
もうお前らと同じ世界に居る事は出来ない」
「え……突然、何を言ってるの……?」
突然の衝撃的な言葉に動揺し
朔桜は意味が素直に理解できず狼狽える。
そんな朔桜に構わず、ロードは一方的に言葉を続ける。
「今吸収したエナで最初にシンシアを回復させろ。
状況判断も的確で戦力的にも一番役に立つ。
シンシアが復活して安全が確保されたら精霊術でノアに電力を供給しろ。
あいつは最優先でお前を守ってくれる。
次はカシャ、レオ、キリエ、ハーフを回復させて状況を立て直して影の奇襲に備えろ。
精霊神を倒した後、どんな手を打ってくるのか想像も出来ない。
ハーフはここぞで裏切る可能性もある。常にノアとカシャに見張らせておけ」
「待って、待ってよロード!」
「カシャには十分に前金を払ってある。
契約期間が終わるまでお前らに手を貸してくれるはずだ。
戦力がたりなければお前らがどうにか雇い直せ。後は――――」
「嫌だ……嫌だよっ! そんなっ! せっかくロードに、家族に出会えたのにっ!
またお別れなんて嫌だよっ! 行かないでよロード!」
朔桜は大粒の涙を流しながら膝から崩れ、縋るようにロードの衣を両手で握り締める。
「っ…………」
その切ない光景にロードも感情を言語化出来ない。
「……時間だ。こちらへ来い」
「ああ」
ルシファーの合図に素直に従い
朔桜の手温もりを忘れないよう優しく握ると衣から指を解く。
「いや……」
一本。
「いやぁ……」
また一本と。
「いやだよぉ………」
まるで時間を惜しむかのように十の指全てを丁寧に解いていった。
俯き地に膝を着く朔桜を背にロードは進む。
「待たせたな」
ロードがルシファーのもとに行くと突如として空間が歪む。
世界が隔たれる音がする。
二人は重力に逆らうかのように天への昇っていく。
朔桜の姿が、距離がどんどんと離れてゆく。
そんな時、彼女は顔を上げた。
「ロードーーッ!!」
朔桜の今まで聞いた事もない叫びのような
ありとあらゆる全ての感情を込めた
最後の最後に絞り出した名前を呼ぶ声だった。
ロードは昂る感情を何千、何万回も押し殺して一言だけ返す。
「信じろっ! 俺はお前がどこに居ても必ずお前のもとに帰る!!
約束だ、妹!!」
ロードは左手の小指を突き出す。
その行動に、迷いはなかった。
その表情に、曇りはなかった。
その言葉に、偽りはなかった。
その眼には、確かな確信だけがあった。
「っ――――」
朔桜はその姿を見て、自分の情けない姿を顧みると
汚れた膝を払い、震えた弱弱しい両足でしっかりと地面を踏みしめた。
真っ赤な目を服で擦り、ぎこちない精一杯の笑顔でロードに向き合うと小さく細い小指を突き出しす。
「約束だよ、お兄ちゃん」
朔桜の言葉を最後に関係を断つ“四界の法”が執行された。
眩い閃光に包まれた暖色の世界は一瞬で色彩りを戻す。
色彩、温度、匂い全てが元通り。
仲間たちも皆、健在。
ただ一つ違うのは、神域へ至った少年の“存在の消失”だけ。
少女は、少年の消えた世界で新たな約束を胸に前を向く。
しかし、その心とは裏腹に
自然と溢れ出る大粒の涙は暫く止まる事はなかった――――。
~残全生落 悪意の災編 完結~




