四十六話 永い旅路の終止符
天から現れた逸脱したエナを持つ男。
等身は高く六つの大きな翼が優雅に揺れる。
頭には二つの羽根が付いた黒いバンドの髪飾り。
綺麗な真っ白い長髪が膝下まで伸び、髪の先端付近は黄色の輪で留められており、その下は真っ黒く染まっている。
全身蒼白の鎧に身を包み、腰回りに浮いた腰当から
焼かれてしまったような白い歪な形のマントがはためく。
腰の隙間には長い剣が携えられていた。
剣への感想はただ一言「神々しい」に尽きる。
シエラユースに続く天使だ。
「まさか……貴方が直々に来るなんて……」
「私はまだ君に別れの挨拶を済ましていなかったのでね」
シエラユースはその声色を聞いて全てを悟る。
「従順で真っ直ぐ。そして、本当に頑固ね……」
未来を視るまでもなく、この先の結末は明確にして確定的だ。
「ごめんなさい、ロード。仲間たちへ別れの時間は取れそうにないわ」
「…………」
「ロード?」
「……っ……なんだ……こいつ……」
ロードはシエラユースの言葉よりも、前に立つ男の存在に気を取られていた。
その存在はまさに“神”と言っても過言ではない。
いや、その存在はまさに“神”そのものであった。
「私は“裁きの調停者”Ⅲ席 名は、ルシファー」
「Ⅲ席……ルシファー」
神を使役し、見慣れたロードすら息を呑み呆然と立ち尽くす。
圧倒的な力の差を感じる。何をどうしても勝ち目が無い事が対峙すれば分かる。
《無常の眼》や《八雷神》を駆使したとて、一切の勝利の未来が視えない。
抗う気すら起きないほど、格の違う存在が目の前に顕現していた。
「神の審判を受け、見事生き残った。貴様は勝者だ。
与えられるは“永遠の確約”と“安寧への奉仕”。
シエラユースを吸収した後、共に行くぞ。神々の領域へ」
ルシファーがロードに向けて手を伸ばしたその時だった。
「ちょっと待ったーーー!!!」
空気を読まない少女の声が皆の視線を集める。
「シエラユースが宝具を解いた時、異物が混じり込んだか……」
そこには桜色の髪の少女、並木朔桜が立っていた。
「朔桜っ!?」
驚くロードを余所に朔桜は
ルシファー相手に堂々と向かい合って言い放つ。
「ロードを連れて行かないでっ!」
ルシファーの表情は揺るがない。
怒っているのか。
笑っているのか。
蔑んでいるのか。
何の感情も読み解けない。
「驚いた。この私と対峙してなお、そんな言葉を口に出せるとは……大した度胸だ」
突如として溢れ出る禍々しい殺気。
心臓が恐れ慄き鼓動を止めてしまうような
いとも容易く生命を奪い去ってしまうような真の殺気。
「止めろっ! 朔桜っ!」
ロードが焦って朔桜を止めた。
覚束ない足で駆け出し、朔桜の前に立つ。
滅多に走るなんて事をしないロードの呼吸は酸素を求めて揺れている。
「ロードッ! 大丈夫!?」
痛々しい白水で負った傷を見て、朔桜はロードの身を案じる。
だが、精霊神 シ・セウアのとの戦いで
朔桜の宝具《雷電池》には一切のエナも溜まっておらず
ロードの怪我を治す事は叶わない。
「そんな身体でよく動けたものだ。とっくに肉体の限界を超えているだろうに」
「余計なお世話だ……」
「(一体何が起きているの?)」
目の見えないシエラユースは今の現状を把握するため、突如として現れた少女の未来を視た。
「っ……!!」
視た未来は、遥か先の世界の終末。
天には青い月。影に呑まれ滅びゆく崩壊した世界。
大切なモノを奪われ、大切なモノ全てを失い
白髪の少女は絶望し、怒り、世界の在り方に、四界の法に、運命に逆らう。
理への反逆者にして、歴史への冒涜者と成す果ての未来だった。
シエラユースは確定された絶望の未来を視て初めて絶句した。
一つの世界の終末を目の当たりにし
一人の世界への絶望を目の当たりにし
その先の未来をも視た。
「貴方たちは何処まで過酷な未来を……」
朔桜は一人呟く瀕死のシエラユースを見て心配そうに声を掛ける。
「貴女も酷い怪我! 大丈夫ですかっ!?」
バタバタと慌てる今の朔桜になす術は無い。
「私の事はいいの……桜髪の子よく聞いて……」
シエラユースは冷静な声で朔桜を落ち着かせる。
「は、はい!」
「貴女にはこの先、大きな絶望が訪れる……」
「大きな……絶望?」
「でも諦めてはダメ。心折れてはダメ。
信じなさい。大事な人たちを。
信じなさい。誰でもない貴女自身の“力”を。
私の言葉を……心の何処かに留めておいて……」
「えっと……何だか分からないですけど……分かりましたっ!」
朔桜の言葉にシエラユースは満足気に笑った。
同時にシエラユースは崩れるようにエナへと変わってゆく。
「お別れよ。永い旅路の終止符をありがとう、ロード」
「ああ」
「頑張ってね、心強き少女」
朔桜は静かに頷き、消えゆく女性を見送る。
「そして、先に逝かせてもらうわね、ルシファー……」
「安らかに眠れ。同志、シエラユース」
ルシファーの言葉を最後にシエラユースは
満ち足りた笑顔でこの世界を去ったのだった。




