三十四話 世界への影響
精霊界リフィンデル王国の領地。六都市の一都。
水都市スネピハの街中にも、エナを剥奪する黒風が流れていた。
「作業なんかしてる場合じゃねぇっ!
皆、即時手を止めて近くの母屋に入れ!
誰んちでもいい!! 家主は誰でも入れてやれ!」
大きな太い声を張り上げるのは、ツルツルのスキンヘッドに吊り上がった目。
重厚な鎧を身に着け相棒の大斧『ハルバード』を背負う大男。スネピハ衛兵総長ザギバ。
黒風が出るやいなや、言葉では言い表せない違和感を感じ
すぐさま衛兵長たちに全都民の室内退避を命じたのだ。
「衛兵総長!」
そう言って駆け寄って来たのは、貴公子のような上品な服に身を包み
綺麗に手入れされた白藤色の長い髪を優雅にたなびかせる美青年。
女性と見紛う程に美しく華奢でまつ毛も長い。
全部の顔のパーツが芸術品のように整ったスネピハ自警団長シュトロンだった。
「各衛兵長たちは、自区の避難をあらかた終えたそうだよ」
「そうか、報告ご苦労!」
都民は皆得体の知れない黒風に怯えている。
少し前にあんな大事件があったばかりだ。無理もない。
だが、シュトロンはこの黒い風の正体を薄々勘付いていた。
「衛兵総長、この風ってやっぱり……」
その現実を確かなものとして認めたくないシュトロンは言葉を濁す。
「精霊神……だろうな」
臆面も無くザギバはその言葉をハッキリと口にした。
その言葉の意味は、ロードたちが精霊神解放の阻止を失敗してしまった事を認める事になる。
「あいつらは今も俺たちの、いや、この精霊界のために必死で戦ってくれているだろう。
俺らに出来る事は、奴らが命を懸けて救ってくれた都民を誰一人死なせない事だけだ」
ザギバの言葉には、確実に皆は生きているという信頼があった。
「ああ、その通りだ!」
シュトロンもその意見に激しく同意する。
「俺らも避難するぞ」
口を腕で抑え、黒風を吸い込まないように二人も安全な場所に避難するのだった。
他の侵入を拒む“戻りの森”のクェア村では
村長のチェイビとリクーナが木造の神楽殿の中で身を寄せ合う。
「チェイビ様……皆様は大丈夫ですよね……」
不安そうに問いかける声は震えていた。
その華奢な身体も震えているのが、触れあっているチェイビは身に感じて分かる。
「大丈夫じゃ……皆を信じて待とう……」
リクーナの頭を優しく撫で落ち着かせる。
「皆、無事で帰るんじゃぞ……」
二人しかいない静かな家の中にチェイビの小さな呟きが大きく響いた。
一方、聳え立つガンダルの木の根元で
神へと抗う者たちの雄姿を見て静かに笑うモノが一人。
「あ~あ~。これじゃあ全滅でしょうかね。最低最悪のバッドエンド」
木の幹を細い指でなぞる。
「あぁ、あのお気に入りだけでも回収して撤収してしまいたい。なんて、冗談ですが」
シンシアの耳に入らないよう十分に距離を取り、小声で小言を呟く。
木陰から傍観していたのは、一同と対峙し、撤退したはずのカテス。
「精々頑張ってくださいね。そうでないとこの先の計画が狂ってしまうのだから」
不気味な笑いを浮かべ身を翻すと
再び暗闇へと溶けるように消えていくのだった。




