三十三話 土壇場の大逆転
風の精霊神シ・セウア。
自分以下のエナの攻撃を受け付けない能力《上鳥権威》を持ち
特性により精霊界全ての風を支配する。
上級術でしか壊せない分厚く強固な風陣の最強の防壁。
空気を固め、呼吸を不能にさせる固空。
周囲の風を巻き込み、螺旋状のブレスとなる破壊の球風。
大気中のエナを奪う黒風が渦巻き、エナも無尽蔵に供給出来る際限ない力を得た。
まさに神という位に齟齬はない。
だが勝機はまだある。
先の戦闘でシ・セウアはライトニングの攻撃で両目は潰れ、両翼と手足の健は断絶。
烈風はもう使われる事は無く、仕留める寸前に飛び去られる心配は無い。
風で全員の位置は全て把握させているが両眼の視力を奪うまで追い詰めていた。
「さあ、神殺しを始めるぞ!」
シ・セウアを倒せるのは、現状ロードの“八雷神”だけだ。
そのためには、まず絶対的な防壁、風陣を破るしか方法は無い。
固空で一網打尽を防ぐため、全員はロードの号令の後、各方向に散る。
視界の無いシ・セウアはエナの大きさで敵を判断。
真っ先に狙われたのは、唯一、シ・セウアを倒せる存在。
ロード・フォン・ディオスだ。
シ・セウアは嘴を大きく開き、球風を蓄える。
「そう来ると思ったぜ」
ロードは自分が最初に狙われる事は分かっていた。
自らが囮となり、風陣破壊組の攻撃の隙を稼ぐ。
雷光で一気に加速。周囲の空気を固められないよう縦横無尽に動き回る。
シ・セウアの攻撃が定まらぬその隙にロードの作戦通り
ハーフは側面から能力《縦断》でシ・セウアの風陣を貫いた。
「穴が空いたぞ! フォン・ディオス!」
「よし! 一気に畳み込む!」
黒衣の少年が右手を天に翳し、左手で左目を覆う。
シ・セウアはその動作を見逃さない。
動きの止まったロードに固空を使用し、その動作と呼吸を完全に封じた。
「現れよ、我が“八雷神”が一柱。万物を引き裂く裂雷神! クリムゾン!
“八雷神”が一柱。駆け巡れ、伏雷神! ライトニング!!」
だが、固空を使った真反対側からロードが二柱の神々を顕現させていた。
「でかした、ノア!」
シ・セウアが固空で封じたのはロードに変身したノアの分身体。
ハーフが風陣を破ったほんの一瞬の間に二人は入れ替わっていたのだ。
固空は一定範囲にしか影響を及ぼせない。
無駄撃ちさせた今が最大の好機。
「行け!! クリムゾン! ライトニング!」
クリムゾンはライトニングに触れ、光と化し
ライトニングは神速でシ・セウアの肉体を切り刻む。
再びライトニングが皆の前に姿を現すと
同時にシ・セウアの身体から大量の血が噴き出す。
「とどめじゃ!!」
クリムゾンの拳がシ・セウアの顔を捉え、激しい一撃が打ち込まれた。
衝撃波が後方に突き抜け、空気が揺れる。
クリムゾンの拳は万物を裂く。
それは神とて例外ではない。
シ・セウアは頭の先から真っ二つに裂けてゆく。
「よし! 終わった!」
ロードの言葉を聞き
皆が勝利を確信したその時だった。
シ・セウアは自身の裂けた身体を風で接合。
固風で身体を固定し、半分に裂かれたその存在を保ち
反撃とばかりに放たれたドス黒い黒風が周囲からエナを根こそぎ奪い取る。
「ちっ! 押し切れっ! クリムゾンッ! ライトニングッ!」
ロードは神々に命令するが、二柱の存在は夢幻のように乱れ、揺らぎ、二体は強制的に天へと還った。
主であるロードが、二体を維持するためのエナを急速に失ったのだ。
「バカな……」
黒の魔術の完成。
シ・セウアは死の間際、黒風を完成させた。
風色は薄い黒ではなく、奥も透けぬ漆黒。
剥奪の風は皆の生命をジリジリと奪う。
影響を一番に受けているのは、心身共に一番脆弱な朔桜だった。
「うっ……」
「朔ちゃん!」
苦しそうに悶える朔桜を見て、ノアは【変身】を使用。
以前戦った“金有場”のオーヌへと変身し、朔桜を一口で呑み込み黒風から守る。
皆が衰弱していく中、シ・セウアは吸収したエナを自らに取り込み
裂けた致命傷の傷と潰れた目、切れた健、全身の切り傷全ての傷を急速に癒してゆく。
「そんなっ――――」
シンシアは絶望する。
精霊神シ・セウアは土壇場で剥奪の風を完全に会得し
永遠の治癒能力をも手に入れたのだった。




