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W×Ⅱorld gate ~ダブルワールドゲート~  作者: 白鷺
五章 残全生落 悪意の災
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三十話 別れの記憶

視界は一面の白に覆われ、ぼんやりと風景が見えてきた。

視線は低く、今の身長の半分くらいの高さに下がっているみたい。

それにこの場所は知っている。

ロードたちと精霊界に来る時に通った

大岩に囲われた人間界と精霊界とを繋ぐ門の前。

そして、私の前に一人の女性が立っていた。


「いい? サクラ、貴女は人間界で並木 朔桜として普通の人間として生きるの」


懐かしい声色に自然と目頭が熱くなり、鼻がツンとする。

紅赤(べにあか)の綺麗な髪とロードと同じ黄金色の眼。

黒く上品な裾の広いゆったりとした長い服。

その姿を決して見紛う事はない。

私の眼の前にはずっと探し求めていた私のお母さん

並木 桜花の姿がそこにはあった。


「そんなぁ……ママは?」


子供の頃の私の声。

私は喋っていないのに、勝手に言葉が出る。

見ているのは過去。

お母さんに伝えたい事は沢山あるけど

私の意志で言葉を発する事は出来ないみたいだ。


「私は行けないの。まだやる事があるから」


「いやぁ!」


私はかなりゴネている。

当然だ。こんな年で親と別れるのは寂しいに決まっている。


「向こうではお婆ちゃんが温かく迎えてくれるわ。

それに待風家の人も頼れば必ず力になってくれるから」


「ママ! ママッ!!」


徐々に脳と記憶の違和感が無くなり混じりあってきている。

どんどん思い出してきた。

あの時の悲しい感情が胸に流れ込んでくる。


「サクラ……いえ、朔桜。必ず迎えに行くから待っていて」


そう言ったお母さんの顔も悲しそうだ。


「……本当ぉ?」


「うん、約束。だからこれは朔桜が持っていて」


お母さんは、首からペンダントを外して握り締める。

すると眩い光がペンダントを包んだ。


「結界を強めておいた。これで宝具の気配を気取られる事は無いし

朔桜が拒絶すればこれは他者へ渡る事はない。

朔桜が致命的な怪我を負ってもこれがあれば治る。

それに守護を打ち消せるのは、神域に至るモノだけ。

後は朔桜がヤツに出会わない事を祈りましょう……」


一人で誰かと会話をしている。

おそらく、お母さんの中のイザナミさんに語り掛けているのだろう。

お母さんは私の目線に合わせてしゃがみ込むと私の首に手を回し、ペンダントを付けた。

胸元には不相応な重い感覚。

私は小さな両手でそれをすくい上げる。

黄色く輝くオーバルの大きな宝石は、キラキラと複雑な模様を光らせていた。

お母さんは小さな私の頭を優しく撫でる。


「ママの大切な宝物だから、絶対に手放さないでね?」


「うん!」


「…………愛しているわ」


「ママぁ?」


この時は、何を言っているのか、まるで分からなかったけど、今なら分かる。

ゆっくりと人間界へと続く門の扉が開く。

門の中は黒と紫が入り混じった不気味な異空間が広がっている。


「朔桜、元気でね……」


その直後、私の記憶はプツリと途絶えた――――。

私は突如、幽体離脱したかのように幼い私の少し後方に飛び出す。

空間を自由自在に飛べる。ロードはいつもこんな感じで飛んでいたのかな。


「ここから先は私が朔桜に入っているから記憶は無かったね」


何処かから声が聞こえる。

どうやらイザナミさんが私に乗り移っているらしい。

いつの間にか幼い私の髪は真っ白く変色していた。

目は女児とは思えないほどに()わっている。

お母さんは白髪の私の額に目を瞑り手を当てて何かを唱えていた。


「これで朔桜の精霊界での記憶を封じた……後はお願いね、イザナミ……」


白髪の私は何にも動じる事なく一人で門の中へと入ってゆく。


「桜花、お前も生きて戻れ。朔桜が……いや、皆がお前を待っている」


「………うん。また会お、イザナミ!」


二人は数少ない言葉で静かに別れを告げると門は静かに閉ざされた。

別れの際、お母さんは笑顔だった。

でも、その笑顔には沢山の感情が込められていて

沢山の感情を押し殺していたのだと簡単に想像がつく。


「朔桜、私に付いて行って」


イザナミさんに言われた通り幼い私の後を追う。

禍々しい異空間の中を小さな歩幅で堂々と突き進む。

そんな時間が暫く続いた。

私は途中から飛ぶのが面白くて幼い私の周りをくるくる飛び回っていると

幼い私が私の事を見る。


「そう忙しなく飛び回られると気になって仕方がない」


「えっ!? 私の事、見えてるのっ!?」


「最初から見えてる。祖の力で過去の記憶を傍観しているんだな?」


「は、はい!」


「もう出口だ。大人しく静観しておけ」


気が付けば、目の前にあの門があった。


「ごほん。ここから先は物語通りにしないとな」


小さな私は小さく咳払いして、服の(しわ)を伸ばし、身なりを整える。

小さな手で扉を開くと、あの仰々しく管理された場所へ繋がっていた。

人間界の門を管理する施設。異国防衛対策本部駐屯地。

そこにはたくさんの軍服を着て武器を手にした男の人たちと

私の祖母、花美(はなみ)おばあちゃんが待っていた。

懐かしくて目が潤む。

唇同士を強く押し、泣くのを堪えた。


「出迎えご苦労。花美、祖だ」


私の口が女児とは思えない口調で喋る。


「おお、久しぶりだねぇイザナミ。元気かい?」


おばあちゃんは私と抱擁(ほうよう)を交わした。


「おかげ様でな。残念だが、まだ未熟な憑代(よりしろ)な故、世間話も出来ぬ」


「そうかい……」


おばあちゃんは少し残念そうだ。


「桜花の娘にして、お前の孫の朔桜だ。この娘を頼むぞ」


「ああ……任せておくれ」


おばあちゃんはそう力強く答えると

私の髪は普段の桜色に戻り、おばあちゃんの胸に倒れ込む。

それと同時に私の身体は再び真っ白な空間に戻るのであった。

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