二十九話 私、臨死体験中です!
辺り一面にはなにもない。
自分の影すらない、白い虚無の空間。
ここに来るのは、確かこれで二度目だ。
そこには以前と同様、ポツンと一人の女性が佇んでいた。
幻想のように霞む長い白髪の女性。
少し俯いた前傾姿勢のせいで一直線に揃った前髪が目を覆い隠しているせいで
幽霊なのかと少し気を張ってしまう。
今回も彼女が何かを伝えようとして、私は目を覚ますのだろう。
そう思っていた。
「やほ~サクラちゃん!」
女性がふと背筋を伸ばし、手を振りながら陽気に話しかけてきた。
「ほぇ?」
完全に意表を衝かれた行動に変な声が出てしまう。
え? 喋れるの!?
女性は両手を大きく広げると、ピンと伸びた指の先から衣服に至るまで彩りを帯びてゆく。
淡いピンクが基調の色彩豊かな分厚い着物。
肌は透明と表現しても良いくらいに白く澄んでいる。凄く羨ましい綺麗な肌だ。
白く長い髪は角度によっては薄い水色や薄い桜色にも見える。
大きな瞳も角度により色が変化している。まるで宝石みたい。
そして、神々しい出で立ちに似つかわしくない友達のような振る舞いに
私はいつの間にか警戒心を解いていた。
「あ~朔桜ちゃんって言った方がいいかな?」
女性は顎に指を当て、一人で悩んでいる。
「えっと……あなたは?」
「祖は……いや、私はね、貴方の古~い古~い御先祖だよ」
「ご、御先祖様っ!?」
「貴女は今臨死体験中なのです」
「臨死体験中っ!?」
「現世ではロードが必死に朔桜の蘇生処置をしているよ。見る?」
突然の情報量に戸惑う最中
別角度からみんなを俯瞰した映像が突然映される。
「ぷぷっ! 見て、あのロードの顔! 超必死だよ。随分とお兄ちゃんに愛されてるね~」
くすくす笑いながら茶化す女性を見て唖然とする事しかできない。
まるで今の状況が呑み込めない。
一番の大きな疑問を御先祖様を名乗る女性にぶつけてみる事にした。
「えと……私、死んだんですか?」
私の質問に女性は静かに首を振った。
「ううん、違うよ。さっきも言ったけど、臨死しているだけ。
分かりやすく言えば、仮死状態って感じかな。
窒息死する前に私が貴女の意識だけををこっちに持って来ているんだ」
「じゃあ、生きてみんなのもとに戻れるんですね?」
「私が戻せば、すぐにでもね」
「はあ~~~よかった~~」
一安心したら腰が抜けてしまった。
虚無の空間にへたりこむとお尻が少し冷たかった。
どうやら虚無の地面は冷たいらしい。
「以前も私をここに呼びましたよね?」
「ええ。伝えたい事があったの。でも、桜花に記憶を封じられていたし
朔の日も遠かったから接続が脆くてすぐに切れてしまった。
幸か不幸か、記憶の封印が解かれた今はこんなにも安定して話せるよ」
「その、伝えたい事っていうのは……?」
「何個かあるんだぁ~。どれから話そうかな~」
御先祖様は首を捻り呻る。
「まず、一つ目。貴女の身体にはこの私、創世神イザナミが憑いています!」
「っ!?」
私のギョっとした顔を見てイザナミさんは手をパタパタさせてケラケラと笑う。
「安心して! 悪霊の類じゃないよっ! 守護霊的な何かだよ!」
「はぁ……」
守護霊と言われてもいまいちピンとこない。
毎日の朝の占いならともかく、スピリチュアルには疎い方だし。
「でね、貴女は今その憑代になっているの」
「よりしろ?」
「ん~言い方は悪いけど入れ物みたいな! 器って言った方がいいかな?」
「器……」
「本当は桜花が憑代だったんだけど、貴女を人間界に送る時、私を朔桜に移したのね。
あっ実際にあの時の記憶を見せた方が早いかな」
とんとん拍子に事が進む。
話を半分も飲み込めていないけど、摩訶不思議な出来事にはもう慣れっ子だ。
なんでも受け入れるつもりで女性を目で追っていると
動く動作も音も無く、一瞬で私の目の前に移動していた。
「ここからは私が封印してた貴女の記憶ね」
私の額にひんやりとした指先を優しく当てると
一気に昔の記憶が流れ込んできた。




