二十六話 黒風
一同は事前にシンシアからシ・セウアの情報を聞いていた。
風の精霊神シ・セウアは精霊女王が生み出した六体の精霊神の一体。
この精霊界全ての風を意のままに操れる。
風の優先権は全てシ・セウアにあり、唯一抗えるのは、風の四精獣くらいだそうだ。
だが、これは能力ではない。生まれ持った特性でしかないのだ。
シ・セウアの持つ能力は《上鳥権威》。
自身の持つエナ値以下の攻撃を一切受け付けないという反則級の能力だ。
ほとんどの生命はシ・セウアを害する事は叶わない。
だが、ロードの八雷神は別だ。
その位は“神”。シ・セウアにも問題なく攻撃が通る。
厄介な行動を取られる前に一切の手は抜かず、先制攻撃で倒すのが一番の得策だとロードは判断した。
「クリムゾン! あいつを引き裂け!」
「応!」
クリムゾンが四本の拳を構え、シ・セウアへ向かって行くとシ・セウアは本能で命の危機を感じ取った。
耳を劈くような雄叫びを上げ
人間が軽く飛んでしまうような暴風を吹き荒し、周囲に風を纏い始める。
「こっちだ!」
ロードたちは“風神封縛帯”の大岩の陰に隠れ、戦いの様子を見守る。
「しゃらくさいわぁ!」
クリムゾンは暴風などお構い無しにその大きな拳を思いっ切り打ち込み
纏われた風を容易に引き裂く。
しかし、風は何度でも替えの効く無限の自然素材。
シ・セウアの姿を露わにしても、すぐに復元されてしまう。
「ぐぬぬ!」
拳を振るっても、振るっても、その繰り返し。全く埒が明かない。
「ちっ! 際限無い風壁ってか」
同じ風属性の力を使うロードがその厄介さを一番理解していた。
「ぐぅぅぅぅ!!」
クリムゾンは苦しい声を上げ、向かい風でどんどん距離を遠ざけられてゆく。
「くっそぉ! 一向に近づけん!」
その間にも、シ・セウアは風壁を何層も作り、分厚く構築。強固な風壁へとなりつつあった。
風の層を重ねる事はロードにも出来るが、違うのはその規模。
巨大で分厚く、この世界の風を意のままに操れるシ・セウアの力は、風壁の上位互換に等しい。
言うなれば、あれは風の絶対防御陣。風陣だ。
クリムゾンの万物を引き裂く能力も、永遠に張られる自然の盾には相性が悪い。
シ・セウアのエナが尽きるよりも、ロードのエナが尽きる方が早いだろう。
「一度、還れ! クリムゾン!」
エナの消費を抑えるため、クリムゾンを一度天へと還す。
その間にも、シ・セウアの纏う風は次第に厚く、強固になってゆく。
そして、本来なら無色透明なはずの風の色は重なり合いその色を濃くしてゆく。
「黒い……風!? おい……冗談だろ?」
ロードの中で全く予想だにしていない出来事。
さすがのロードも焦りを隠せない。
「黒い瘴気といい、黒い風といい、予測しとくべきだった……メサ……やりやがったな!」
黒い力の厄介さと、危険さをロードは知っている。
「黒だと何っ!? もっと厄介になるのっ!?」
朔桜は目まぐるしい絶望的な展開の連続で目を回す。
「風の魔術最上位色“黒”の魔術 黒風。
その能力は、エナの剥奪。大気中のエナを根こそぎ持っていく命を揺るがす死の風だ」
色濃くなってゆく黒風。
風も強くなり、シ・セウアは精霊界の風の中心となりつつあった。
精霊界の端から端まで全てのエナがシ・セウアへ向かって流れてゆく。
大気はもちろん、植物や動物など、ありとあらゆる生命からもエナを吸い取るのだ。
「くっそ……俺のエナが吸われていく……」
「本当だ! 私の宝具からもエナが減ってるっ!」
エナを超えなければ攻撃が通らないシ・セウアは他者のエナを奪う力を得た。
神ですら容易に近づく事は出来ない防衛能力。
当初の想像を遥かに越え、最も絶望的な状況となる。
もはや精霊界で生きとし生けるモノ全てを殺す天災だ。
「そんな……あんなの、どうやって倒すの……」
朔桜が途方に暮れると、ロードは自信に満ちた声でハッキリと言い放った。
「倒す手段はまだある」
「本当!?」
「だが、問題は風の支配権。それとあの風壁……いや風陣だな。
迅速にどうにかしねぇと永遠に攻撃が届かない無敵の防壁となる。
そうなれば、俺たちのエナが尽きて詰む」
「風陣を破る方法……う~ん……」
朔桜が考えていると凛とした声が堂々と名乗り出た。
「その役目は私がやるわ」
「シンシアさん!」
目を覚ましたシンシアがよろよろと近づいて来る。
後ろではカシャも目を覚ましていた。
「起きたか。状況は見ての通りだ」
「ええ、状況は呑み込めた。風陣は私が破る」
「どうする気だ? あの黒い風は世界からエナを吸い続ける魔術だ。
それにあの風陣は安い攻撃じゃビクともしないぞ?」
「以前のように……私の回路と私の精霊の命を犠牲に切り開く!」
シンシアは即断で矢を白く長い弓精霊装備『母天体』に番える。
しかし、シンシア能力《星奏調律》は、夜にならなければ最大火力を発揮する事は出来ない。
即ち、精霊王を討ち果たした時と同等の火力は見込めないのだ。
「ごめんね。世界のために命を賭して……」
シンシアは愁いの表情で契約の言葉を唱え目を閉じた。
「星々よ……我に命を捧げたまえ……」
シンシアの言葉に雷の精霊ベガが呼応したその時だった。
シ・セウアは強力な力を感じ取り、大きな翼をはばたかせ烈風を放つ。
「っ! 下がれ! シンシア!!」
ロードの声掛けに反応し、シンシアは後方へ飛び退くも
烈風は広範囲に広がり、逃げ場を完全に失った一同を襲う。
「くそっ! ストーンシール!!」
ロードが咄嗟に地の魔術を唱えて地面から岩の壁を出すも、岩は一瞬で砂へと変わった。
今、この精霊界の風は全てシ・セウアの支配下にあり、ロードの得意な風の魔術は封殺されている。
「くっそっ!!」
ロードは黒鴉の衣を翻し、身を挺して朔桜を覆った。
しかし、魔人であろうと生身で耐えられるほど、易しい攻撃ではない。
「ダメっ! ロードっ!」
「キリエ! 下がれっ!」
レオもキリエをその身体で守る。
絶体絶命の窮地。
そんな中、ただ一人、小さな少女だけが皆の前に飛び出したのだった。




