七話 本音×本音
チェイビは知り得る限りの出来事を丁寧に朔桜とロードに伝えた。
「これが儂の知る真実じゃ」
二人は言葉を詰まらせる。
無理もない。あまりにも突然の話すぎる。
「因果なものじゃ。最初にサクラの顔を見た時はまさかとは思ったが、そのペンダントは見間違いようもなく桜花のモノ。
遠ざけたはずのサクラが、再びこの村を訪れるとは本当に予想外じゃった。
だが、儂は心より嬉しく思う。改めて言葉にしよう。お帰り、サクラ」
チェイビは再び現れた朔桜を心から温かく迎えてくれた。
「そっか……これはお母さんのあれ……涙が……あれ……?」
過去を聞き、朔桜の目から無意識に涙が零れる。
脳が明確に思い出せなくても身体が思い出した。
温かい言葉が、匂いが、想いが、彼女の封印されていた記憶を徐々に蘇らせたのだ。
情報の整理が終わったロードが話を進める。
「創世神の血族である俺たちは世界の門を渡る力を持ち、母さんは朔桜の記憶を封じ、ペンダントを渡して一人で精天門を封じに行った。
ここまでは分かる。だが、気になるのはあんたが言った六十四年前ってところだ。ボケてるってオチじゃないか?」
「ロード失礼!!」
「いいや、儂はボケてなどおらぬよ。だが、人間であるサクラの歳を考えると桜花よりも歳を取っている事になる」
「確かに……」
「もしかすると精霊界の時の流れは異なるのやもしれぬな」
「時の流れ……そうか、俺とした事がその要素を失念していた」
ロードは一人で納得する。
「なに、なに? つまり、どういうこと?」
「分かりやすく言えば、俺たちが精霊界に来てから人間界ではもう数年経っているかもしれないって話だ」
「ええっ!? じゃあ私たち浦島太郎状態になるって事!?」
「や、そいつは誰か知らんが、とりあえず今更年数を気にしても確かめる方法は無い。だが、俺らの目標は決まった」
ロードは朔桜に向き合う。
朔桜はロードの言いたい事が分かった。
「お母さんを助けに行く!」
新たな目的は朔桜の目的。
新たな目的はロードの目的。
新たな目的は二人の目的だ。
「そうだ。だが、その前にこの精霊界であの影野郎をぶっ潰す。
そして人間界との時の流れを確かめ、人間界から魔界に行く」
「精霊界を救うのと、時の流れの確認は分かるけど、どうして魔界に行くの? 私たちは精天門を渡れるし、そのまま天界に行けばいいんじゃ?」
ロードは首を横に振る。
「いいや、まず先に魔界の親父に母さんが生きている事を伝える」
朔桜は自分の考えが欠落していた事に気が付く。
「そっか……お父さんはいなくなったお母さんを探しているはずだもんね」
突然パートナーを失った親の悲しみを考え、朔桜は胸を痛める。
「いや、あれはもう探しているというよりも……」
ロードは嫌な事を思い出すかのように表情を曇らせ、言葉を詰まらせる。
どこから話すか再度、思考。
考えが纏まったのかロードは突然朔桜に問いを投げかけた。
「……俺が人間界に来た理由覚えてるか?」
「えっ、あ、うん。覚えてるよ。たしか、家出でしょ?」
「まあ、そうだ。だが、ちゃんとした理由は話してはなかったな」
「うん。あの時は深く聞かなかった。訳ありなのかなーって思って」
「今となっちゃその理由はお前にも関係のある事だ」
「聞かせて」
朔桜は真剣な表情でロードに詰め寄る。
ロードは身内話を話し始める事をチェイビに目で合図する。
チェイビは静かに頷くと家出の経緯を語り出した。
「これは魔界での話だ。隣国の水国が
我らが雷国へと突如、攻め込んで来た。
雷国の王である親父のレグルスと母さんは
“戦国”と呼ばれる戦いの最前線に自ら赴いた。
雷国と水国の戦争は激戦が数日間続いた。
戦いは雷国が優勢で水国を退けるのは時間の問題だったらしい。
だが、突如として後衛で兵士の回復に努めていた母さんのテントを何者かが襲撃した」
「……それがお母さんが転移したっていう理由?」
「おそらくな。多くの衛兵含め、母さんもそのまま行方不明となった。
そして、レグルスは怒り狂った。
母さんを守れなかった自身の不甲斐なさを悔い、敵を恨み、自身を責め続けた。
その結果、平常な自意識が保てなくなった親父は、自分が使っていた五魔剣『裂』に心を呑まれたんだ」
「っ! それで……お父さんはどうなったの!?」
朔桜は血相を変え、自分の父親の安否を急く。
「あいつは……全軍を退避させたのち、たったの一人で一国を落とした。
立ち向かう何千万の兵を打ち倒し、真っ直ぐ城に攻め入って十二貴族の首を取った」
「っ…………」
親のあまりに逸脱した武勇を聞き、朔桜は言葉を失う。
「水国はたった一人の戦果に怖気づいて侵攻を停止。
その狂った鬼人の如き戦いぶりに各国は“狂雷王”と呼び出した」
「でも、戦いには勝ったんでしょ?」
ロードは顔をしかめる。
「血で血を洗う殺し合いの戦争は親父が収めて終わった。
だが、俺にとっての地獄はこの後だ」
ロードは歯を食いしばって冷静に怒りを抑え込む。
「魔剣に魂を呑まれた親父は、人が変わったように厳しい訓練を俺ら子供に課した。
毎日十時間の座学と下手すりゃ死ぬ実戦訓練の日々だ。
自由な時間なんてものは一切無い。
学ぶ、戦う、食う、寝る。それだけの生活だ。それが永遠と繰り返された。
熱が出ようが、腕が折れようが、毎日、毎日続けさせられた。
まるで罪人と変わりやしない。いや、それよりも厳しい生活と言ってもいい」
ロードは過去を思い出しつつ、次第に怒りを露わにしてゆく。
「そんなくそみたいな生活が続く毎日に日々嫌気が積り積もっていった。
まともな思考は浮かばず、自由の無い生活が続く。
いっそのこと、実戦で死んで楽になるのもいいと思った。
王城ごと消し飛ばしてやろうかとすら思った時もあったな」
苦痛の日々を笑いながら話すロードの目はまるで笑っていない。
同じ兄妹でありながらも、自分とまるで違う生活を送っていたロードの話を朔桜は黙って聞く。
「だが、ふと母さんの部屋の前を通った時に思ったんだ。
母さんが健在ならこんな事にはならなかったと。一瞬、俺は憎みすら覚えたさ。
でも、原因を正せば、母さんは悪くない。親父も悪くない。二人は一番の被害者だ。
侵攻してきた水国が、襲撃した奴が俺の人生を、家族を狂わせた大元の元凶だ。
母さんが居ればこうはならなかったと。
母さんならあの狂った親父を正気に戻せると思ったんだ。
俺は従順なふりをして母さんが何故消えたのか、母さんは本当に死んだのかを密かに調べた。
当時、周囲には厳重に小隊が配備されていたし、敵の気配もなかった。
だが、母さんの居たテント内だけが忽然と消えたと記述されていた。
母さんの死体は発見されておらず、処理された形跡もなかった。まるで神隠しにあったように。
その場に残されていたのは、金色の小さな指輪だけだったんだ。
俺は確信した。
母さんはどこかで生きていると。
俺は地獄の中で脱出の時をじっと待ち続けた。何日も。何週間も。何カ月も。何年もだ。
そんな時だ。
厳重に保管された指輪に異世界移動の宝具が宿ったと衛兵の会話で耳にした。
一世一大の大チャンスがついに巡って来たんだ。
俺は迷う事なく、転移の宝具を宝物庫から金色の小さな指輪を持ち出した。
派手な装飾はなく、シンプルな宝石が一つ付いていて、内側には文字が刻まれていた R&Oとな」
その文字の意味に朔桜は気づく。
「それって……お父さんとお母さんの……」
「ああ、結婚指輪だ。母さんが消えた時に残されていた唯一の品のな。
俺は兵士長とマジの殺し合いをして、精鋭の兵士に追われながらもなんとか逃げ延び、宝具【次元の輪】で世界を渡った。
見知らぬ精霊界。天敵地の天界。
そして、母さんが生まれ育った人間界。
人間界に行けたならば、消えた母さんの手がかりを掴めるかもしれないと僅かな希望を持っていた。
そんな望み薄の運に賭けるほどに俺は追い詰められていたのかもしれない。
だが、俺は賭けに勝った。
どんな奇跡かは知らんが、あの時、あの場所で、運良くお前に出会い、お前のおかげで命を拾った。今更だが、本当に感謝している」
「ロード……」
「俺にとっては幸運でも、生憎な事に母さんが遠ざけようとした“血の宿命”とやらにお前を巻き込んじまったみたいだがな……」
朔桜は激しく首を振り、ロードの言葉を否定する。
「巻き込んだなんて言わないで! 私一人だったら真実を知らないままのほほんと死んでいたかもしれない。
魔物に宝具を持っていると気づかれて殺されていたかもしれない。
でも、ロードに出会ったおかげでずっと胸に引っかかっていた真実に辿り着けたんだよ!」
朔桜はロード手を両手で握る。
同じ血の温もりを確かめるかのように。
「ずっとずっと不安だった。周りの子には両親がいるのに、私だけにお父さんもお母さんもいなくて。
昔の記憶もなくて。おばあちゃんは死んじゃって。それから一人で生きていて……。
でも、でも、明るく笑ってなきゃって……。そうじゃないと誰かに申し訳ない気がして……。
無理して強がって……。常に明るく振る舞って……。私は一人なんだ……孤独なんだって思って……」
心の錠が外れたように朔桜は胸の内に溜まったモノを吐き出し続ける。
押さえつけていた感情を、押さえつけていた思いを全て吐き出す。
「サクラ……」
チェイビは朔桜の本音を聞き、心を痛める。
桜花の判断は間違っていたとは思わない。
だが、朔桜を悲しませてしまった事には変わりない事実。
誰が間違って誰が正しいかなんて正解は無い。
だが、家族は個々に苦しんでいたのだ。
「私にはちゃんといたんだね……家族が……」
「そうだ、目の前にいる。お前は一人じゃない。孤独なんかじゃない」
ロードの確かな言葉が朔桜の胸を熱くする。
「魔界にもいるんだね。お父さんや、お姉ちゃんやお兄ちゃんが……」
「ああ、いるぞ。狂った親父に、面倒くさい姉に、最悪の兄がいる」
「それに天界にはお母さんもいるんだね……」
「ああ、お前を愛する母親がいる。だからお前はもうなんか一人じゃない」
孤独という殻に籠った朔桜の感情をロードは全て受け止めた。
朔桜は今まで我慢していた感情を爆発させるように大声で咽び泣く。
子供のように。涙で顔をぐしゃぐしゃにして。
言葉にならない言葉を言ってロードの胸に倒れ込んだ。
普段ならば冷たく突き放す一場面だが
泣きじゃくる妹の頭を優しく撫でる兄の姿がそこにはあった。




