三話 村長チェイビ
ロードは魔導具『黒鏡』でノアに連絡を取り
無事に全員合流する事が出来た。
「もう! 勝手な行動しないで!」
「まあ、合流出来たんだからいいだろ」
「良くないわよ、まったく! 心配したんだから!」
シンシアは口を尖らせ腕を組む。
「それで? 何か収穫はあったの?」
片目を薄く開き、ロードを見る。
「かなりの収穫だ」
「私の小さい頃の記憶が分かるかもしれないんです」
神妙な面持ちの朔桜を見てシンシアの頭に?が浮かぶ。
「なんで朔桜の記憶の手がかりがここにあるの?」
「それを知るためにクェア村の村長に会いに行く。
朔桜と面識があるらしい」
「朔桜と面識!? ちょっとちょっとどういう事!?」
「話は後だ。とりあえず村長の家に向かってくれ」
ロードは朔桜を抱え駅馬車の屋根に飛び乗る。
シンシアは溜息漏らし、言われるがまま村長の家まで馬を走らせた。
物流で賑わう通りを真っ直ぐ通り一本道を進む。
通りの中心に分かれ道があり真ん中の道は木々で囲まれている。
シンシアは何の躊躇もなく真ん中の道を突き進む。
入り口の守る衛兵のような者はいない。
基本戻りの森に部外者が入る事はなく、
エルフは同種に厚い信頼をおいているので
村長に危害が及ぶとは考えていないのだ。
木々の奥先、一際目立つ赤い屋根の家が見えた。
道の住みで馬車が停まる。
「着いたわよ」
シンシアが馬車を降りるとロードも朔桜を抱えて飛び降りた。
質素な作りの日本の神楽殿のような建物。
周囲は木々で覆われており、家庭菜園のような畑があるが手入れされずに荒れている。
何も植えられていない。生えているのは雑草のみだ。
「着いたのぉ?」
眠そうな目を擦り降りてきたのは透き通った海の様な綺麗な目と色素の薄い蒼白色髪の幼い少女の名はノア。
一見普通の少女だが、その身体は頑丈な機械で造られ、身体に五つの宝具が宿っているという奇跡の人工宝具。
彼女の周りを薄いシースルーの『雨の羽衣』がふわふわと周りと漂う。
「長時間の移動は腰にクるゾ!」
腰をバキバキと鳴らし出てきた高身長の深緑髪の男はカシャ。
身長は百八十センチ強と高く、ペンギンのようなアシンメトリーの金製仮面で顔を隠している。
肩から黒くて長い肩当てが真っ直ぐに伸び、背には内側が真っ赤な艶のある黒いマントを羽織っており、
灰色と茶色のぴっちりした布で肌を隠し、鎖骨と六つに割れた腹筋は見せつけるように開いている。
旅の道中、ロードが敵から雇い奪った“金有場”と呼ばれる傭兵集団の一人。
肉弾戦を得意とし、ロードと互角以上に戦える強者である。
「わ~でっかい木々とちゃちな庭」
ノアは興味津々で周囲を走り回る。
「腰、痛~~」
「大丈夫。。。? レオ。。。?」
最後に腰を抑え出てきた茶髪を黒いバンドで留めたオレンジ目の少年はレオ。
付き添うように出てきた目元を緑の薄い布で隠した黒髪黄緑目の少女はキリエ。
二人とも精霊界の道中で出会い仲間になった精霊人だ。
前回の戦いでレオにとっては親友。キリエにとっては兄だったキーフを亡くしつつも、
心折れずにロードたちの旅に同行している。
「大所帯で行くのもなんだし、私と朔桜の二人で行くわ。みんなはここで待機していて」
「え~~つまんないっ!」
ノアは頬を膨らまし反抗する。
「お前は中に居ろ」
ロードに頭を掴まれ、馬車の中に投げ込まれた。
「ロードく~ん? 喧嘩しようか~?」
ニコニコしたノアが馬車の暖簾から顔を出している。
「面白そうだな! 私も混ざらせてもらうゾ!」
カシャが指をバキバキと鳴らし戦闘態勢に入る。
「どいつもこいつも大人しく出来ないのか」
ロードは二人を無視して馬車の屋根に飛び乗る。
「それ馬車から飛び出したロードさんが言いますか……」
苦笑いでレオが正論をぶつける。
「黙れ、黙れ! とにかく今は静かにしてろ!」
勝手に結論を付けてロードは馬車の上で寝そべる。
晴れているにもかかわらず、青空は見えない。
巨大なガンダルの葉が密に敷き詰められており、風に揺れて極稀に日が差し込む程度。
一同も待機を受け入れ個々に休みを取る。
「さぁ、行きましょ」
シンシアが朔桜を先導して木製の階段を上っていく。
上品な彫の入った木製のドアをシンシアが二階ノックした。
「チェイビさん。いらっしゃいますか? シンシアです」
少しの間の後、年老いた声が聞こえてくる。
「お入りくださいませ」
シンシアは静かに朔桜の顔を見て何も言わずに覚悟はいいかと問う。
朔桜は何も言わずに静かに強く頷いた。
「失礼するわね」
「失礼します……」
薄暗い室内は独特な香の香りが漂う。
その匂いで朔桜の記憶が徐々に蘇る。
「この匂い……私知ってる。懐かしい匂い」
「ふぉっふぉっふぉっ。そうじゃろうて」
椅子に腰かけた耳がシンシアよりもはるかに長い老婆が笑う。
「お出迎えも出来ず失礼致しました。足が悪うてこの次第にございます。どうかご容赦を」
手を重ね合わせ、深々とお辞儀する。
「顔を上げて、チェイビさん。
今日は女王としてではなく、一エルフのシンシアとして来たのよ」
シンシアの言葉でチェイビは姿勢正しく向き合った。
「それはそれは。ご無沙汰しております、シンシア様」
「お久しぶり。ご健在で何より」
「もう一万五千歳の老い耄れでございます。いつ逝ってもおかしくありませんよ」
「いちまっ!?」
朔桜は驚きのあまり声を出す。
その声でチェイビは朔桜に視線を移す。
「久しゅうなぁ……サクラ……あぁあぁ……あっという間に大きくなりおって……
もっと良く顔を見せておくれ……」
チェイビは頭の先からつま先までじっくりと頷きながら朔桜の成長を見る。
いつの間にかチェイビの目尻からは涙が流れていた。
「あれ……なんで……私、記憶が無いのに……涙が止まらない……なんでだろうぅ……」
朔桜の目からも気づかぬ間に滝のように大量の涙が溢れて出ていた。
「おいで、サクラ」
手を広げるチェイビに朔桜は何の迷いもなく飛び込んだ。
二人は互いに涙を流し抱擁を交わした。
二人が一頻り泣き終えた頃にシンシアは口を開いた。
「今日は滞在許可と彼女の事で窺ったのだけど……」
「これは失礼を致しました。不躾なお願いではありますが先に
二つ、頼みを聞いていただいてもよろしいですか?」
「私が出来る範囲ならなんでも」
シンシアは願い事を言われる前に迷わず全面協力を提示した。
「さようですか。では、まず一つ。
シンシア様と他の皆様にはこの場から席を外していただきたいのです。
範囲はこの森の外。エルフの耳でも聞き取れない範囲でございます」
「それは……」
朔桜の身を案じてシンシアはその提案を渋る。
「私は大丈夫ですよ」
朔桜はすでにチェイビを厚く信頼している様子だ。
「サクラの身を案じているのでございましょう。安心してくださいませ。
彼が一緒なればその心配もないはずです」
「彼とは誰?」
「もう一つのお願いは、外に居る少年 ロード・フォン・ディオスをここに連れてきてくださいませ」
「!?」
「!?」
意外過ぎる申し出に二人は困惑する。
「なんでロードの名前を……」
ロードの名と家名を知る事に驚きを隠せない。
この森に来てからはフォン・ディオスの名は一度も出していない。
耳が良いエルフでも知るはずの無い情報だ。
「貴女は、彼とも面識があるの!?」
「やはり。そのご様子だと、まだ真実を知らないのですね」
「真実?」
チェイビは静かに頷くのみ。
これ以上は口を開かなかった。
「分かった。ロードを連れてきたら私達はこの場を去るわ。そこでその真実を朔桜に話してあげて」
「かしこまりました。どうか、よろしくお願い致します」
シンシアの背にチェイビは再び頭を深々と下げた。
「ロード!」
大きな声でロードに呼びかけるとゆっくりを上半身を起こす。
「なんだ?」
シンシアは手招きをするとロードは渋々飛んで行く。
「なんの用だ?」
「村長が貴方にも話があるって」
「俺に?」
ロードに心当たりはなく訝しげに顔をしかめる。
「私達は席を外すよう言われたわ。この森の入り口で待っているから話が終わったら黒鏡で呼んで」
「分かった」
一つ返事を返すとロードは堂々とした態度で家の中に入る。
目の前の老婆エルフを見るがロードは特段変わった反応をしなかった。
ロードとチェイビの面識はもちろんない。完全な初対面。
「まずはお二人。そこにお座りなされ」
言われた通り床座る。
「敷物とかないのか?」
「ちょっ! ロードっ失礼!」
「ふぉっふぉっふぉっ。これは失敬。来客は久しぶりでな。その隅に敷物があるのを使っておくれ」
ロードが風の魔術で分厚い紫色の布二枚を手繰り寄せる。
一枚を朔桜の尻に滑り込ませ、もう一枚を浮いた自分の下に敷いて座る。
「で? 俺に何の用だ?」
ロードが面と向かって問うとチェイビは耳を澄ます。
「そろそろシンシア様たちが域をお出になる頃。その時まで、暫しの猶予を」
ロードと朔桜は顔を見合わせる。
互いに何を話されるのかまるで見当もついていない。
だが、この後語られる話が全ての点と点が繋がり
紡がれる真の物語だと、この時の二人は全く想像していなかった。




