一話 戻りの森(表紙絵あり)
登場人物
●ロード・フォン・ディオス
種族:魔人と人のハーフ
属性:雷 風 火 水 地 樹(六適者)
能力:《無常の眼》《八雷神》
宝具:【爪隠】
魔装:『黒鴉の衣』『黒帽子』『骨断』
魔導具:『黒鏡』
●並木 朔桜
種族:人
属性:雷
能力:なし
宝具:【雷電池】
魔導具:『黒鏡』
●ノア
種族:人工宝具
属性:なし
能力:《ノアの方舟》
人工宝具:【最高の親友】【変身】【鵜の目鷹の目】【敏感感覚】 【満腹】
博士の発明:『雨の羽衣』
魔導具:『黒鏡』
●シンシア
種族:精霊人
属性:雷 風 火 水 地 樹(六適者)
能力:《星奏調律》
宝具:【一輪光】
精霊装備:『母天体』
●カシャ
種族:精霊人
属性:不明
能力:《泣きの一回》
宝具:なし
精霊装備:なし
●レオ
種族:精霊人
属性:火
能力:《反拳》
宝具:なし
精霊装備:『ガントレット』
●キリエ
種族:精霊人
属性:土
能力:なし
宝具:なし
精霊装備:『短杖』
●リクーナ
種族:精霊人
属性:なし
能力:なし
宝具:なし
精霊装備:なし
ここは四つの世界の一つ 精霊界。
規格外に土地が広大で九割は自然のまま。
大気中のエナが豊富で多種多様な生命が生きている。
把握しきれないほどある数ある国が存在する精霊界において名を広く轟かす六つの都市からなるリフィンデル王国という一つの大国。
それが今、一行がいる国の名。
六都市の一つ水都市スネピハの隣町、イシデムから北西。
綺麗に整備された国道を外れ、未整備の荒れた山岳地帯を進み、早三日。
四頭の早馬に牽引させた大きな駅馬車が目指す先は、かつて精霊神を封印したとされる地。
“戻りの森”。
「ふぁ~~はぁ」
見晴らしの良い馬車の屋根に座る鴉のような漆黒の衣を着る黒髪の少年。
ロード・フォン・ディオスは代わり映えしない風景を眺め、退屈そうに欠伸を漏らす。
「寝ててもいいわよ」
長く大きな耳で小さな欠伸を聞き取り
ロードに声を掛けたのは精霊界で出会ったエルフの女王シンシア・クリスティリア。
千二百年前、英雄カウルと精霊界を救い、つい数日前に再び世界の危機を救った正真正銘の英雄だ。
「森まであとどれくらいだ?」
「ここからだと二、三時間くらいで着くわね」
「じゃ、それまで寝る」
ロードは腕を枕に屋根の上で静かに眠りについた――――。
それから二時間と四十分。
安らかに寝ていた彼の耳元で甲高く柔らかな声が耳元で響く。
「起きて! 起きてよ、ロード!」
ロードが不機嫌気味に声の方に寝返りを打つと桜色の綺麗に揃った前髪と二つのおさげが揺れる。
整った色白の肌と菖蒲色の大きく丸い綺麗な瞳が、ロードの黄金色の目いっぱいに映った。
「近い。存在がうるさい」
「じゃあ、起きて! 森、見えてきたよ!」
悪態も慣れっ子な少女は全くに気にしない様子ではしゃいでいる。
「分かったから、いちいち耳元で騒ぐな」
ロードが文句を言って渋々起き上がった瞬間、馬車が大きな岩を踏み、激しく揺れた。
「あっ」
馬車の縁につま先立ちで立っていた少女は足を踏み外し、視界から消えた。
だが、ロードは風の魔術で少女を包んでおり、軽々と引っ張り上げて自分の隣に座らせる。
「ごめんなさい、大丈夫?」
御者していたシンシアが揺れを謝罪する。
「大丈夫ですっ!」
元気よく返事した朔桜に呆れロードは溜息を漏らす。
「やれやれだ」
「あはは~ありがと」
精霊界の服を着た人間界から来た少女 並木朔桜 が申し訳なさそうに照れ笑いしていた。
膝まである臙脂色のボディ・コンシャスなワンピースには黄色の唐草に似た模様。
髪には同じえんじ色のリボンを結び、首元手首にレースの薄ピンクのフリルが付いている。
大胆にも胸元と肩は空いており胸元からは宝具【雷電池】が揺れる。
モダン柄の黒タイツにえんじ色の靴。服の全てに縁に黄色のラインが入っている。
いつも落ち着きがない朔桜だが、今日はいつもより落ち着きがない事をロードは一目で分かった。
「お前、いつも変だが今日は一段と変だぞ」
「えっ!? な、何が!?」
「雰囲気が」
「そんな事ないよ! いつもどーり変だよ! あはは~」
朔桜は逸る気持ちを抑えながら平然を装う。
魔人メサ・イングレイザの能力で気を失い、倒れてから失っていた幼い頃の記憶が戻っていた。
朔桜は、“戻りの森”を知っている。
行方不明の母と暮らしていた記憶がハッキリと残っている。
思い出の手がかりが残る場所だ。気持ちが逸らずにはいられない。
ロードはそれ以上問い詰める事はせず、再び深い溜息だけを吐き、進行方向に目を向けた。
目の前に鬱蒼と茂る巨大が視界を埋め尽くす。
幹は灰色で葉は薄い緑色の木。
緑灰の塊がまるで壁のように立ち並んでいる。
「なんだあれ。バカでかい木だな」
驚くロードとは対照的に朔桜は言葉を溢すようにポツリと呟く。
「あれはガンダルの木……」
耳の良いシンシアには朔桜の言葉がハッキリ聞こえていた。
「朔桜、よく知ってたわね。あの木はガンダル樹木。
イシデムの鍛錬所で有った石並のタルタカの木の上位互換。高さは約二百メートル。
硬度は鉄並だけど、歴とした木材よ」
「いや、もはや鉄でいいじゃねーか」
ロードがツッコむとリクーナが言葉を付け足す。
「ガンダルの木は簡単に伐れないうえにあの量です。
そのおかげで、戻りの森の中にあるエルフの村まで他の種族は辿り着けない。
森に入ってもなぜか入った時と同じ場所に出てしまう。
一種の不可侵域。故に“戻りの森”と呼ばれるんです」
「…………」
朔桜は息を呑み、神妙な面持ちで進行方向を見つめていた。
数分後、巨木の根本に到着。
シンシアは何の迷いも無く暗い森の中に駅馬車で入って行く。
彼女は度々上を向きながら馬車を走らせてゆく。
「何か目印でもあるのか?」
ロードが問うとシンシアは感心したかのように驚く。
「正解。幹の中腹に傷があるのが分かる?」
「分からん」
「まあ、高い位置にエルフの視力なら見える傷があって、それを辿って村に行くのよ」
「シンシア様! その事は……」
エルフの少女リクーナがあわあわしながら青い顔でシンシアの顔を見る。
「ああ、エルフ以外には他言無用なんだっけ?」
リクーナは激しく何度も頷く。
「まあいいじゃない。エルフの女王が今決めたわ。
そもそもそんな古い言い伝えを守って閉鎖的な生活をしているから異形種なんて罵りを受けるのよ!
改革が必要だわ!」
「そんな……私に言われても……」
リクーナはシンシアのテンションに戸惑っている。
久々の故郷でシンシアは気分が高揚しているらしい。
「その先に外界……この森の外のことね。
外界の物資を運搬する貿易村クェア村があるの。私達が目指すのはクェア村から村外れの北の森。
精霊神封印の “風神封縛帯”」
その言葉を聞き、朔桜は息を呑む。
今になって世界消滅の危機と対峙する実感が沸々と湧いてきたらしい。
「その風神封縛帯まで何日かかるんだ?」
ロードが問うとシンシアは顎に指を当て、古い記憶を辿る。
「確か……クェア村から六時間弱くらいかな」
時間を聞いてロードは深い溜息を吐く。
「六時間か……。まあいい。とりあえずクェア村を拠点にして動くとするか」
「そうしましょう。でも、まずはクェア村の村長に貴方たちの話を付けなきゃならないわ。
事情を話して滞在を許可してもらうのが最優先事項よ」
「なら、月食の日までの方針は全部シンシアに一任する」
「分かったわ」
シンシアは隣で御者するエルフの少女リクーナの顔を見た。
彼女は森の外に出た時、盗賊に捕まり貴族の奴隷として売られ酷い仕打ちを受けてきた。
この旅はそんな彼女を元の故郷に帰してあげるという目的も兼ねている。
「そういえば、リクーナはどこの村に住んでいたの?」
「私はクェア村から西に進んだカロチェ村です」
「カロチェの出身だったんだ! あそこの貢ぎ物の穀物は美味しくて大好きだったわ。
なんだっけ、あの小さい粒々の……」
シンシアはもどかしそうに顔をしかめる。
「チマですか?」
リクーナの言葉でシンシアは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「そうそう! チマよ、チマ!」
「美味しいですよね! チマ」
一行に混じった時のリクーナはあまり笑う事はなったが、徐々に笑顔をみせる事が多くなってきた。
このまま辛い過去が無かったかのように普通に過ごせるようにと、シンシアは心の底から願っている。
それから二人は楽しそうにチマとかいう謎の穀物の話題で盛り上がっていた。
約一時間後。
人工物と思わしきモノがちらほらと見えてきた。
灰色の建物は点々と並んでいる。
あの一つ一つはガンダルの木を加工して作られた頑丈なエルフが住まう家屋。
「この辺って……!」
朔桜が突然、周囲をキョロキョロ見渡す。
「朔桜、どうかしたの?」
「もしかして、あっちの方に透き通るくらい綺麗な水が湧き出る泉とかありますか!?」
朔桜が指差す先を見て、シンシアは再び記憶を辿る。
「あぁ……確かあったと思うけど……」
「行ってもいいですか!? 一瞬だけでいいので、お願いします!!」
朔桜は駅馬車の屋根から身を乗り出しシンシアに懇願する。
「朔桜、一体どうしたの? ロードが言っていた通り今日は様子が変よ?」
「お願いしますっ!! 目立たないようにしますからっ!」
「あそこは人が多いから、この時間は行かない方が――――ってロードっ!」
シンシアが止める前にロードが朔桜を抱えて駅馬車から降りていた。
「少し見てくる」
「ここはまだ戻りの森よ!? 絶対迷うからダメよ!!」
急いで馬車を止めようにも馬は急には止まらない。
「問題ない。目印に沿えば村に着くんだろ?
何かあれば、『黒鏡』でノアに連絡する」
そう一方的に言って馬が完全に止まる前にロードと朔桜は森の中に消えた。
「はぁ~~~。彼にだけは教えなければ良かった……」
シンシアは遅い後悔を胸に大きな溜息を吐いたのだった。




