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W×Ⅱorld gate ~ダブルワールドゲート~  作者: 白鷺
四章 輪廻凱旋! 都市奪還作戦
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七十九話 精霊界のため

静かな夜の街を一人歩く。

背の矢かぶつかり合い、カツカツと鳴る音。

そして、斜面のある道を歩く自分の足音と、砂利石の転がる音が鮮明に聞こえる。

日が落ちて間もないにも関わらず、家屋に灯る明かりはない。

団欒の声も、賑やかな笑い声も聞こえてこない。

人々の営みが、たった一夜にして奪われたからだ。

一区に大量に蔓延(はびこ)っているはずの精霊、精霊獣は一体も見当たらない。

おそらく、奴が掃けさせたのだろう。

王城への一本道はまるで私を(いざな)っているかのようだ。

長い道のりを歩き、スネピハの王城に辿り着いた。

スネピハを一望できる高所の城。

石造りの巨大な城壁。

入り口を塞ぐはずの鉄の門は大きく開かれていた。

王城の中だけは篝火(かがりび)が灯っている。


「もう自分の城のつもりのようね」


奇襲や罠に警戒しつつ城内に入ったが、出迎えは無い。

おそらく奴は王城の一番上玉座に居るのだろう。


「ここからぶっ放してやろうかしら」


ふとそんな事が頭を(よぎ)ったが王城消し飛ばしては、後々大変な事になりそう。

これ以上、街を壊す訳にはいかない。

小言を漏らしながらも誘導に従う。

城内の階段には、獣に踏み荒らされた足跡が残っている。

床や壁にこびりついた血は精霊人と精霊、精霊獣たちのモノだろう。

血に塗れた階段を上って行く。数分後、玉座の間まで辿り着いた。

中には凝縮されたエナの塊が存在している。ここだ。間違いなく奴が居る。

澄みながらも、憎しみに歪んだ力。

ヒシヒシと肌に感じる威圧感。

間違いなく奴のエナだ。

扉は閉ざされている。鍵は掛かっていなそうだが、罠の可能性もある。

悠長にドアを開けた瞬間奴の能力《生命の拒散(きょさん)》を放たれたら即、消滅だ。

最大限警戒しながら強くドアを蹴り開けた。

玉座の間にドアの音が反響し、響く。

広い部屋の一番奥、割れたステンドグラスから星空が見える。

前に置かれた柄の折れた玉座に頬杖をついて静かに時を待っていたのは、ここの正しい王ではない。


「待ちわびたぞ、我が因縁。シンシア・クリスティリアよ」


彼は姿勢を正し、音もなく立ち上がる。

()()()の宿敵。精霊王アーガハイド。

なだらかな階段を静かに降りながら口を開く。


「我が軍の精霊、精霊獣を蹂躙し、直属の配下である“精天機獣(せいてんきじゅう)”四機を破壊。

喰者(フルーヅ)”のバルスピーチとストロベリアルを殺し、バルスピーチの子種から産まれし新たな命までも奪った」


今日あった出来事を順を追って確認しているかのよう。

全ての出来事を知っているという口調だ。


「精霊人……やはり貴様らは……害悪だ」


言葉のトーンが変わり、一気に鋭い殺意が押し寄せる。

息を吸うのも躊躇うような重苦しい重圧。

流れるように感じた死の気配を察し、私は咄嗟に玉座の間から飛び出した。

それと同時に部屋は白い光に包まれる。

部屋の前にあった急な階段を転がり落ち、上空が吹き抜けた芝の茂る中庭に倒れ込む。


「危なかった……」


後少し反応が遅れていれば、一瞬で消滅していた。


「今ので易々と消滅されては興が冷めるというもの」


階段の上から私を見下ろすアーガハイドの周囲には、光の球が無数に漂う。


「精々足掻くといい」


奴が手を翳すと無数の光の球が私目掛けて飛んでくる。


「くっ!」


一つ一つ位置を確認し、素早くかわしてゆく。

だけどキリがない。大気中から永遠に湧いて出ている。

精霊王のエナが尽きる前に私の体力が尽きてしまう。

私は精霊装備『母天体(マザァーム)』に矢を番えて解き放つ。


「アルタイル!」


風の精霊アルタイルの力を宿した矢が光を捻じ曲げ、アーガハイド目掛けて音もなく飛んでゆく。


「そんな陳腐(ちんぷ)な矢など――――っ!」


精霊王は矢を受けようとして、寸前のところでかわした。

スネピハに行く道中では全く効かなかった一撃。

だが、()()()()()()()()()()()()それに奴も気づいたらしい。


「どうしたの? 陳腐な矢なら痛くも痒くもないんじゃない?」


「……」


私の誘いに乗って来ないで黙っている。

ならその口無理やりこじ開けてあげましょう。

背から重い矢を引き抜き、放つ。


「ベガ!」


圧倒的な破壊力を持つ雷の精霊ベガの力を得た矢は真っ直ぐ精霊王に飛んでゆく。

精霊王は手を翳すが、途端に身を翻し、俊敏にかわす。

気付かれたみたいね。


「黒塗りの鉄製矢か。小賢しい」


精霊王の能力《生命の拒散》は生命を消し去る。

動植物から生まれたものなら何でもだ。

基本、矢の()は木製。羽根は鳥のを使用している。

どちらも生命から生まれたモノ。例外なく奴の光に消し去られる。

だが、今打ったのは鉄の矢。石や鉱物は、奴の光を受けても消えない。

黒塗りはこの夜の闇に紛れさせるための小細工と言ってもいい。

鉄は雷属性のベガと相性は抜群。精霊王とて無事では済まない。

事前にスネピハの衛兵たちに頼み、鉄矢を少し譲って貰い、黒塗りを施してもらった。

数は計六十二本。

これは蹂躙されたここスネピハの衛兵たちの想いが込められた対精霊王装備と言ってもいいだろう。


「終わりよ、精霊王! 貴方の間違った平和は私が阻止する!」


「間違った平和か……。片方の目線でよくもそんな戯言を口に出せる……」


アーガハイドは私を見下し、鼻で笑う。


「人々の平穏を犯し、多くの命を奪った平和が正しい訳がないでしょっ!」


芝生を強く握り締める。

大切なモノを失った都民の苦しみは計り知れない。

こちらとてポテも、おそらくキーフも失った。

私たちの戦いに彼らを巻き込んでしまった。

悔やんでも悔やみきれない。不甲斐ない。

千五百年生きていても今だに大切モノを守る事すらできないなんて。

アーガハイドへの怒りと、自分への怒りが溢れてくる。


「貴様ら精霊人も多くの精霊、精霊獣の命を奪ってきたではないか。同じ事だ」


「それは貴方がけしかけたからでしょ!!」


「否。此度の話だけではない。この数千年の話をしているのだ」


「突然、何?」


精霊王は翳した手を下げ、光の球を消した。


「貴様らは何故、動植物を狩る?」


「そんなの……生きるためよ」


「精霊獣とて同じ事。生きるために精霊人を狩る。

食料として喰らう。だが、精霊人はそれだけでは飽き足らぬ!」


まるで演説をするかのように精霊王は大きく手を振り払う。


「土地が欲しいがため、動植物を狩る。

力が欲しいがため、精霊獣を狩る。

名誉が欲しいがため、精霊を狩る。

それを得るため、時に同族すら手に掛ける。

強欲。精霊人はまさに欲望の化身だ」


身振り手振りを交えて熱く語る。

彼の言っている事は正しい。至極全うだ。


「精霊人は自らを良くするために周囲を滅ぼす害悪。

生命も環境も構わず壊し続ける。

血肉となる生命に感謝の意も示さず、さも当然かのように食らう。

だが、いざ喰われる側になるとさも被害者のように振る舞う。

醜い。醜悪な生物だ」


確かに。私も時折そう思う時もあった。


「精霊や植物はただ生きているだけ。

精霊獣は生きるために精霊人を喰らうだけ。

それの何がいけない。正しい世界の在り方ではないか。

世界を、他の生命を(むしば)む精霊人は不要だ」


だけど、精霊人は不要な存在なんかじゃない。


「貴方の言いたい事は分かる。でも、この世界は精霊人の存在を認めているわ。

ここに私たちが存在している事、それが証明よ。

確かに、精霊、精霊獣から見れば私たちは害悪かもしれない。

だけど、それと同様に精霊人の私たちから見れば、あなたは精霊人の害悪よ」


「精霊人に疎まれようと関係ない。

貴様らはこの世界から消えるべき存在なのだから。

我は精霊人の身で精霊、精霊獣に付いたまで。

“精天機獣”を(かなめ)とし、我に賛同する精霊、精霊獣に言語や知識を授け、正しく導く」


「同じ事よ。今度は精霊人に変わって精霊や精霊獣がこの世界の害悪になる」


「そうなれば我がまた淘汰し、正しく導けばよい」


「そんな事をいつまで続けるつもり?」


「未来永劫。この世界が真に正されるまでだ」


そうか。そうなんだ。

彼の目指す平和は、自分勝手な平和なんかじゃなかった。

方法や思想こそ違えど、精霊王は本当に()()()()()()()()()()()()()()()()

精霊界を思う気持ちは、私たちと何も変わらないんだ。


「一度この世界を救った貴様に問おう。

千年が経ち、エルフは精霊人の同族として受け入れられたか?

我の支配が終わり、精霊界は良き方に進んだか?」


「……いいえ。正直、精霊人は何も変わっていないわ。

精霊女王ティターニアが産み出した“精霊女王の忘れ形見”に怯える日々を過ごしながらも

同族で無意味な争いを続け、差別や貧富の差は今だ埋まっていない」


「やはり、精霊人は何も変わっていない。あの時から何も……」


「それでも! 私はいつの日か精霊界は正しく平和になり、全ての生命が等しく共存できると信じているわ!」


そのために私は千二百年間、一人で旅をしてきた。

辛い時も苦しい時も数えきれないほどあった。

でも私をいつも立ち上がらせてくれるのは、彼が最後に残した言葉。


「――――精霊界を少しでも平和にして――――シンシア――――」


彼との最後の約束を果たすまでは私は挫けない。

私は、()()()の思う正しい行動を貫き通す。

“精霊女王の忘れ形見”アレは正しい精霊、精霊獣という括りではない。

まごう事なき、世界の害悪。悪意のある命なのだ。

アレだけは生かしてはおけないという意味では、私もアーガハイドも目指す場所は同じなのかもしれない。

“精霊女王の忘れ形見”を滅ぼすか、精霊人を滅ぼすかの違いでしかないのだから。

彼が命を懸けて守ったこの平和を絶やす訳にはいかない。

いや、絶やしたくない。

これは私の勝手なエゴだ。

だけど今はその勝手なエゴが私を突き動かす原動力だ。


「貴様が精霊人を信じると同じように、我は精霊と精霊獣が精霊界を正すと信じている」


「話は平行線ね」


「なれば、どちらの平和が正しいか再び武力で証明させようぞ」


アーガハイドは静かに手を翳す。


「結局、そうなってしまうのね」


私も弓に矢を番え最後の決戦を迎えた。

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