七十八話 三戦目へ
ロードの能力《無常の眼》は身体能力と魔力が二倍に向上する。
だが、同時に身体の感覚、痛覚や疲労もまた、それに伴う。
もともと精霊王との戦いで足と脇腹を折り、それに続き鬼人との戦いも強いられ
疲弊していたロードはそれが原因で倒れたのだ。
「ロードっ!」
朔桜は一目散に駆け寄り、ペンダントを翳そうとするとロードは手で制止した。
「大丈夫……だ」
その手を上空に掲げ、呼び出していた《八雷神》クラウを灰雷にして天に還すと
手ですぐさま目を覆う。《無常の眼》で紫陽花のような鮮やかになった眼を元の黄金色に戻した。
「俺の回復は最後でいい……。死にかけ共を優先しろ……」
弱々しく視線の先に指を差す。
朔桜がその指の先を辿ると、二人の女性がゆっくりと歩いて来ていた。
一人は、しっかりと、ゆっくりと歩みを進める白藤色髪をした貴公子風の女性。
もう一人は息も絶え絶えで、顔は病的に青白い。右腕を失い、革のベルトで肩を強く括った血まみれの女性だった。
「シャーロンさんと、シンシアさんっ!?」
朔桜の声に気づいた一区衛兵長シャーロンは希望を見たような明るい顔をする。
「朔桜っ! 無事で良かった!」
「シャーロンさんも無事で良かったです!」
「再会して早々だけど、彼女の手当をお願い」
「はい!」
地面に寝かされたシンシアに宝具【雷電池】を当てると眩い光がシンシアを包む。
鬼に喰われた腕を完治させ、消費したエナも完全に満たした。
呼吸は正常になり、顔色もどんどん良くなっている。
「ありがとう、朔桜……」
シンシアの言葉に朔桜は笑顔で返事をする。
「シンシアさんが生きてて本当に良かったです……。
私、他の人も治してきます!」
朔桜は足早にレオのところへ駆けて行った。
「シャーロン、貴女もここまで連れてきてくれてありがとう」
シャーロンは小さく首を振る。
「貴女にお礼を言われるほど大層な事はしてないわ」
「姉さんっ!」
シャーロンの傍らに駆け寄るシュトロン。
背も体格もほとんど同じ。
見比べると瓜二つだ。
「似てるとは思ってたけど、あなたたち双子だったのね」
上半身を起こしたシンシアが目を丸くして驚く。
「姉さん、生きててくれてよかった……」
「シュトロン。貴方も無事で良かった」
二人は互いを抱きしめ合う。
「久しく見ないうちに随分と逞しくなったみたいね」
「僕も色々と乗り越えてきたからね」
二人は顔を見合わせて笑う。
安息の時などない密度の濃い一日の束の間の休息の時間が過ぎる。
「お待たせ、ロード! みんな回復させてきたよ! 最後はロードの番」
「頼む」
折れた右足と左脇腹を治し、エナを三割ほど回復させた。
「ちょっとだけエナ残しとくね」
適格な対応にロードは笑みを浮かべた。
「一日で随分と見違えるようになったな」
「こっちはこっちで大変だったんだよー!
城から落ちたり、鳥ロボと戦ったり、馬ロボやら、牛ロボやら。
挙句、橋から落ちて、鬼やらと――――」
朔桜が語る最中、ロードは立ち上がり砂を払うと座り込んた朔桜を再び見る。
「お前が無事で良かった」
「ふぇ?」
突然のセリフに朔桜はすぐに反応できず、変な声が漏れる。
「停止したノアを起こして、ついでに飛び散ったカシャも集めてこなきゃな」
素直にお礼を言いい朔桜を褒めたのだ。
自信過剰で傍若無人のあの魔人ロード・フォン・ディオスが、だ。
ポカンと見つめる朔桜の視線に気が付き、ロードは怪訝な目で睨む。
「なんだ? 言いたい事があるなら言え」
「へへっ、ロードも無事で良かった!」
朔桜は満面の笑顔で真っ直ぐに答える。
「ふん」
ロードはすぐに背を向け、静かに飛び去って行った。
ノアとカシャを風の魔術で運搬。
ノアには雷の魔術で電気を与え、再起動。
飛び散ったカシャは風の魔術で身体を一か所に集める。
「こんなところだな」
ロードが状態を確認していると一人の女性が近づいて来た。
「ロード。それに朔桜とシンシアさんも聞いて。三人にはしっかりとここで謝らなければいけない。
私のせいで貴方たちの努力を無駄にしてしまった」
シャーロンが深々と頭を下げる。
「ロードが切り落とし、朔桜が奪った精霊王の腕を“喰者”バルスピーチに奪われて精霊王に《結合》されてしまったの。
シンシアがこれから戦う精霊王は、私のせいで元の力を取り戻してしまっている。
本当にごめんなさい!!」
「過ぎた話をいつまで言ってんだ」
「えっ?」
「そうですよ! シャーロンさんが取られたなら私が持ってても取られてましたし」
「心配しないでいいわ、シャーロン。私、勝つから」
「みんな……」
シンシアは修復された右手で手を伸ばす。
シャーロンがその手を取り、座り込んだシンシアを立ち上がらせ、二人は向かい合う。
「約束の握手よ」
「頑張って……」
シンシアは確かに頷く。
「朔桜に治してもらった両腕、もう落とさないように気をつけるわね」
「はい! ご無事で!」
「そして……ロード。役目、譲ってくれてありがとう」
「ふん、最初に言ったよな?
これは前哨戦だ。本番は日食の日。とっとと終わらせてこい」
「そうね。じゃあ、一勝一敗の三戦目。行ってきます!」
大きな弓とたくさんの矢を携えたシンシアは
精霊王が待つ王城へと一人向かうのだった。




