七十四話 最強の背中 (挿絵あり)
希望を、奇跡を望むために走る。
荒れた地面をがむしゃらに踏みしめて進む。
目の前でみんなが傷つき次々と倒れてゆく。
そんな姿をただ黙って見ている事しか出来ない自分に心底腹が立つ。
宝具【雷電池】の力を行使できるのが、唯一の取柄。
それがなければ、ただの足手纏いでしかない。
非力なのが分かっていても、いつも身体が先に動いている。
守られるよりも、守りたい。
助けられるよりも、助けたい。
昔よりも、遥かにそんな気持ちが溢れ出ていた。
平々凡々に過ごしていた日々から、明確に心得が変わったのは、あの夜の日からかもしれない。
スネピハに来て多くの衛兵さん、ポテさんに続き、キーフ君も失った。
私に力が無いから。判断が甘いから。
彼らの死を私は忘れない。
自分よりも遥かに強い敵を相手にしても逃げず、怯まず、立ち向かっていける
勇気のある人たちをもうこれ以上死なせちゃいけないんだ。
今の私の位置は鬼人の斜め後ろ。相手からは見えてない……はず。
不意の一撃を喰らわせるなら、絶好のチャンス。
「衛兵さんから武器の一つや二つ借りて来れば良かった」
走りながら辺りを見回してみる。
武器になりそうなのは、地面に落ちている飛び散った結晶くらい。
「とりあえず、二つ」
両手に結晶を握り締め再び駆け出す。
たかが数百メートルが遠い。
キリエちゃんの悲痛な叫びが聞こえる。
それを嘲笑うかのように鬼人は高らかに笑っている。
レオ君が大きな手で頭を掴まれ、持ち上げられた。
いよいよヤバそうな雰囲気かも。
でも、まだ数メートルはある。
私の足じゃ間に合いそうにない。
「せめてこっちに気が引ければっ!」
右手に握り締めた結晶を鬼人に投げた。
左手に握っていた結晶も持ち替えて投げる。
一投目はどこかに飛んでいったけど、二投目の真上に飛んだ結晶が弧を描き鬼人の頭にコツンと当たった。
「当たった!」
その瞬間、鬼人が動きを止めてこちらを向いた。
「っ――――!」
右手で掴んでいたレオ君を激しく地面に叩き付ける。
「――――っ!!」
「レオ君っ!!」
鬼人が突然、頭を抱えて叫び出した。
「アァ――――!!! 鎮まれ天使共!!」
これは以前、“精天機獣”酉の刻と戦った時と同じだ。
理由は分からないけど、私を見ると理性が暴走するらしい。
これでほんの数秒、時間が稼げた。
強く地面に打ちつけられたレオ君は倒れたまま動いてないけど、エナにはなっていない。
まだ生きている証拠だ。
今はとにかく、この鬼人をみんなから引き離さないと。
「女ぁ! 貴様を見ると身体が制御出来なくなる!
憎悪と殺意で頭が押し潰される!」
そんな突然血走った目で睨んでこられても、私には原因がまるで分からない……。
「不愉快だ。まずは貴様から殺す」
注意を引く事は出来たけど、予想よりも大きく注意を引いてしまったらしい。
鬼人が右手を構えた瞬間嫌な予感がした。
私の命を一瞬で奪える者の本気。
私が次の動作を行う前に、死ぬのが理解できた。
それと同時に、激しい電光と疾風が吹き荒れる。
あまりの暴風に目を閉じた。
そして、目を開くと、私の前で漆黒の衣が風に揺れる。
「毎度、毎度、本当に運がいい人間だ」
殺意を込めて伸ばされた青白い手を片手で掴む黒髪の少年。
また彼に助けられてしまったのだと数秒遅れて理解した。
こんな状況でも、その背中を見るだけで何故だかとても落ち着く。
何度も見てきた最強の背中だ。
「随分と……好き勝手してくれたみたいだな」
彼の手が激しく光ると、鬼人はいつの間にか
手を振りほどいて後方へ退いていた。
「アァ――――!!! 貴様を見ても同様に憎悪と殺意が溢れ出す!! なんだ! どいつもこいつも! 一体何者だぁ貴様らぁぁぁ!!!」
怒り狂う鬼人とは対照的に、冷静な少年はフンと笑う。
「魔界雷国 黒極の地 統治者。
“十二貴族”フォン・ディオス家の第二王子。ロード・フォン・ディオス」
振り返ったロードは私を見て顎で合図をする。
同じように言ってやれ! って顔をしているのは一目で分かった。
「に、人間界、藤沢町在住! 並木家長女! 並木朔桜ぁ!」
受験や面接のような二人の堅苦しい自己紹介を聞いて、鬼人は目を大きく見開き、明らかに驚いている。
この名乗りは流石に変だっただろうか。
「ロード、サクラ……その名……そうか、この記憶は……思い出した、思い出したぞ。
あの女が口にしていた名だ。何の因果か……それとも何者かの意志か……」
「お前、独りで何の話をしている? 気でも狂ったか?」
ロードの問いかけに答えず、突然、鬼人は笑い出した。
「貴様らは必ず殺す! 報復だ!!」
「御託はいい。とっとと来い」
こうして魔人と鬼人のバチバチの戦いが幕を開けた。




