七十二話 繋がれた約束
レオの頭に過去の思い出が駆け巡り、身体が一気に脱力する。
相棒から告げられた言葉。
レオにはキーフの言葉の意味が分からない。
分かりたくない。
「は……お、お別れってなんだよ……。ふざけんな……ふざけんなよっ!!」
涙をボロボロと流しながら、レオはキーフの肩を強く掴む。
だが、キーフには肩に込められた力を感じる感覚も既に消えている。
もう、喋る以外に出来る事はないも無い。
「あいつをぶっ倒して朔桜さんの宝具で――――」」
必死になるレオを見て、キーフは笑みを溢す。
それを見たレオは愕然とする。
「なに……笑ってんだよ……こんな状態で……」
胸部は鬼人の手刀で一突きで貫かれ、綺麗に丸い穴が開いている。
心臓が弱々しく脈打つ度に、血が湯水の如く溢れ出てゆく。
身体は末端から冷たくなり、頭から次第に冷えてゆく。
生命が零れてゆく。
貫かれた痛みもあるだろう。
死ぬという怖さもあるだろう。
そんな中、彼は優しく笑ったのだ。
「なるほどな……師匠も死ぬ時……こんな気持ちだったんだな……。
俺の方が……お前より先に……師匠の気持ち……理解したぜ……」
こんな時にもキーフはレオと張り合う。
昔を懐かしむように、澄んだ夜空を眺めて静かに語り出す。
「覚えてるか? レオ……。初めて……俺らが合った頃の事……」
レオはキーフの言葉を遮らず、静かに何度も頷く。
「あの頃はさぁ……お前のやる事成す事全てが……俺の気に障った。
何をやるでも……努力でカバーできちまうお前の事が……大嫌いでしょうがなかったのにな……」
キーフは思い出す。
レオと喧嘩した日々を。
鮮明に。鮮明に。
「どうしてだろうなぁ……。
今はさぁ……本当に……大好きでしょうがねぇ……」
空を眺めたキーフの目から雫が零れる。
その瞬間、レオは感情が決壊したように嗚咽を漏らす。
言葉にならない叫びが響く。
やり場のない悲しみがその声に詰まっているかのようだった。
「キリエ……ごめんな……お前の嫁入り……見届けるつもりだったのに……」
「……やめて。。。」
「ごめんな……」
「やめてよぉ。。。」
「ごめん」
「やぁめぇてぇぇ。。。」
キリエも泣きじゃくり次第に言葉にならなくなってゆく。
壊れるぐらいに泣き叫んだ。
「お前らを置いて逝きたくねぇなぁ…………もっとお前らと旅……したかった……。
色々なとこへ行って、色々なモノを見て、色々な事をして……ぐぼっ……」
言葉を遮るように口から血が溢れ出す。
「キーフ!!」
レオが慌てて傷を止めようとするが、もう手の施しようが無い事はキーフ本人が一番分かっている。
致命傷の攻撃を受け、ここまで生きているのが正真正銘の奇跡。
だが、死は刻々と迫ってきている。
残された時間は少ない。
キーフは全生命を振り絞り、最後の言葉を親友に託す。
「約束、覚えてるか?」
「約……束……? どの……約束だよ……」
「森でこの傷を受けた時の約束だ」
レオはその事を鮮明に覚えていた。
初めて命の危機に瀕し、能力に目覚めた日の事だ。
「覚えてる、覚えてるよっ!」
「俺の最高の親友にして……最高の好敵手……。
未来の大英雄、勇者レオ。
妹を、キリエを……………………頼む」
キーフの真剣な眼差し。
そのバトンをレオは眼で受け取る。
そして力無き手を取り、一言だけ最後の言葉を告げた。
「任せろ、生涯最高の相棒」
その瞬間、安心した笑みを浮かべながら、キーフは優しく淡いエナとなりレオの前から消えた。
エナは天には還らず、レオとキリエの周囲を静かに漂い、温かく照らす。
「茶番は終いか?」
その心無い言葉にレオは感情を示さない。
冷静にキーフの事を想い、弔い。
キーフのエナの一つ一つを大切に吸収し、親友と一つになる。
そして、鬼人と向き合った。
「お前は……お前だけは絶対に許さない」
「そうか」
「俺が……お前を倒す!!」
レオは強く握り締めた拳を構え、巨悪に真っ向から挑む。




