七十一話 親友との約束 (過去編)
レオ、キーフ、キリエの過去編です。
王都リフィンデルの領地の西端。
未開発の辺境の土地にあるロヒ村という小さな村で生まれ育った一人の少年。
その名はレオ。
茶色の髪と燃えるような瞳を持ち、村の子供の中では一番の腕力の持ち主。
彼は幼い頃から町から大人と同じように働き、運ばれてきた生活用品や、
食料という物資の荷運びを生業としていた。
生活用品に交じり娯楽として村に持ち込まれた一冊の本
各所の町や街で大人気の“勇者カウルの冒険”。
約千二百年前に精霊王から精霊界を救った大英雄の冒険譚。
著者はカウル一行と旅をしていたという精霊人の遠い子孫だという。
一族に語り継がれてきた話を風化させまいと、文字に書き起こしたらしい。
その話が本当かどうかは一般の精霊人には知るよしもない。
だが、それが大当たり。
村でも例に漏れず、子供から老人まで大人気を博した。
「かあさん! かあさん! 今日も読んで!」
レオが大事に抱えるのは、勇者カウルの冒険。
レオもその愛読者の一人だった。
「あらあら、また?」
レオの母は笑みを浮かべながら本を開く。
口コミを聞いたカウルの母が買い、カウルに読み聞かせたところ
毎晩、毎晩読み聞かせをねだるほどに彼の一番のお気に入りとなっていたのだ。
レオは何度聞いても飽きず、毎回目を輝かせながら聞いていた。
続巻が運び込まれるやいなや、荷の中から我先にと
書店に並ぶ前に買い取っていたほどだ。
英雄譚を読み進めるうちに彼は思った。
自分も英雄になりたいと。
世界を救うような大英雄になりたいと志すようになった。
それが早、五歳の事。
両親はそんなレオを応援し、“七天衆”のポテが経営する
イシデムの鍛錬場に住み込みで預ける事にしたのだ。
正直なところ、英雄になれるとは思っていなかった。
レオが名のある武闘家になり、たくさん稼いでくれる事を期待され送り出された。
鍛錬場でレオが出会った身寄りの無い兄妹、それがキーフとキリエだった。
二人は住んでいた村で精霊獣の襲撃を受け、両親を早くに亡くし、
幼い頃からここに住んでいた。
「じゃまだ! 新入り! ぼーっとしてんな」
「んだとぉ!」
「なんだ!」
レオとキーフは顔を合わせた時から反りが合わず、
毎日、毎日取っ組み合いの喧嘩をしていたほど仲が悪かった。
それから二年後もその関係は続く。
そして、とある日の早朝。
二人はポテに黙って裏の山に出かけた。
山猪ビッグボアを狩った方が
今後、勝者の言う事を聞くという勝負を始めたのだ。
「うらの森はあぶないんだ。にげるなら今のうちだぞ?」
キーフがレオを煽る。
「へん! おれがにげるわけないだろ! 始めるぞ!」
二人は同時に駆け出す。
キーフは既に自身の能力《加足》の力を自覚していたため
レオよりも前に出ていた。
「くっそぉ~!」
遅れていたレオは叫びながら走り続け、森の中を駆け回っていた。
一方、部屋にキーフが居ない事に気づいたキリエは、一人で裏の山へ二人を探しに行く。
前日にキーフから勝負の話を聞いていたのだ。
弱々しく心細そうに山を歩くキリエ。
もう一時間近く歩いている。
「お兄ちゃん。。。どこ。。。?」
弱々しい声でキリエが呼びかけると背後の草むらが揺れる。
「お兄ちゃん。。。?」
キリエが振り向くと巨大なビッグボアが鼻息荒く、ダラダラと涎を垂らし睨みを利かせていた。
体長は幼いキリエの三倍はある。
「っ。。。」
キリエは目を離さず、静かに後ずさりをする。
野生動物に背を向けてはならないとポテから教えられていたからだ。
だが、整地されていない山の中。
キリエは木の根に足を取られ、尻もちを着いてしまった。
その瞬間、山猪が鋭い牙を向けたままキリエ目掛けて一直線で突進。
「加足!!」
間一髪のところ、運良く駆けつけたキーフが、山猪の腹を蹴り上げていた。
「ギャウッ!」
山猪は声を上げ、茂みに逃げ去った。
「大丈夫か、キリエ!」
「うん。。。大丈夫。。。」
「なんでこんなところに居るんだ!!」
キーフはキリエを怒鳴りつける。
「お兄ちゃんが。。。しんぱいで。。。」
キリエは恐怖と安心で泣き出してしまった。
「まったく……」
キーフが溜息をつくと草むらが激しく揺れる。
「っ!? なんだ!?」
キーフが警戒すると山猪が顔を出す。
「こりないやつだ」
キーフが足を構えると山猪の首だけが地面に転がった。
「グルルルルルルガァ!!」
雄叫びを上げ、草むらから出てきたのは山猪を一口で喰らった巨大な熊。
それは野生の動物ではない。
精霊獣ディガラベア。精霊女王の忘れ形見にして“精霊人喰い熊”。
大人も衛兵もまるで太刀打ちできない強力な精霊獣だ。
「この山にクマだと!?」
キーフは身が固まる。
二本足で立つその大きさは幼いキーフの十倍近い。
ディガラベアは四足で二人を窺う。
そして最初に狙いを付けたのは、確実に喰える弱そうな方。
「グルルルルルルガァ!」
キリエ掛け、鋭い爪を振るう。
「あぶないキリエッ!」
キーフは咄嗟にキリエを突き飛ばす。
同時に巨大な爪がキーフの右腕、右首そして左目を掠めた。
「がああああああ!!!」
右肩が抉れ、瞼が裂け、大量の血が流れる。
あと少し深ければ眼球が抉れていた。
右の首はあと少し深ければ、動脈が裂けていた。
キーフは傷ついた身体でキリエを抱え、なんとか距離を取る。
「キリエ……師匠をよんできてくれ……」
「でも。。。」
「早くッ!!!」
キーフはあえて大声で怒る。
キリエは怯えながらも立ち上がった。
だが、その足は震えて動かない。
ディガラベアを前にして完全に足が竦みあがっていた。
その隙を精霊獣は鋭く察する。
四足で駆け出し、一気に距離を詰め、重い腕を振り降ろす。
二人は死の覚悟する。
「おれは……英雄だぁ!!」
二人の前に跳び出て、拳を突き出す小さな勇者。
その拳がディガラベアの右腕とぶつかりあった刹那、巨大な腕が吹き飛んだ。
「グルルルルルルガァァァァァ!」
ディガラベアは堪らず森の中に逃げて行く。
「おれたち、助かったのか?」
「そう。。。みたい。。。」
キーフとキリエは突然の出来事に呆けている。
「おまえらは勇者レオたんじょうのもくげきしゃだ!」
レオは満面の笑みでVサインを送った。
「って大丈夫かそのきず!?!?」
「ダメかもしれない……もし、おれがしんだらキリエをたのむ……」
レオはぐったりしたキーフの腕を首に回して背負う。
「キリエは、反対のうでを!」
「う……うん。。。」
「おまえはおれのライバルだ! ぜったいしなせないっ!」
「…………」
キーフはレオとキリエに担がれ、なんとか一命を取り留めた。
だが、三人はあり得ない程ポテに怒られ、こってりと絞られたらしい。
後日、片腕が吹き飛んだディガラベアはポテにより早々に討伐された。
この出来事以降、レオとキーフは仲良くなり、相棒と呼び合うようになり、親友となったのだ。
それから五年後、ポテの試験を合格した三人はポテから祝福の衣装を貰い旅に出る。
「俺達は今日から三人で一人だ!」
「よろしくな、相棒」
「二人とも一緒に頑張ろうね。。。!」
レオの目指す背中は大英雄勇者カウル。
ここから三人の物語が始まったのだ。




