五十八話 転がる桃
レオの熱弁の後、キーフやキリエ、シンシアを信頼している衛兵は
シンシアを悪く言っていた者たちを一瞥する。
すると衛兵たちはバツが悪そうに目を逸らした。
「確かに、自分の想像を超える力は恐ろしいだろうけど、それは個性みたいなモノ。
世界が無造作に選んだ力。だから恐れないで。これからは手を差し伸べてくれると嬉しいわ」
シンシアは腕で涙を拭うと赤く腫れた目で優しく微笑む。
「それだけでいいのか? バシッと言ってやるチャンスだろ?」
キーフも衛兵の言動に不満がある様子だ。
キリエもそれに同意し、頷いている。
シンシアはレオを地面に寝かせると両手で手を叩く。
「レオのおかげでスッキリしたわ。この話はここでおしまい。
これ以上は士気に関わってくる。私事で乱す事はできないわ」
シンシアは極めて冷静だ。
この苦しい状況の打破を最優先に考えている。
「私は前線に戻るから。みんな、仲良くね」
そう言い残し、シンシアは一足で前線まで跳んで行った。
「かっこいいなぁ。。。」
キリエはそんなシンシアの後を見つめていた。
「そうだな。お前もちゃんと修行していれば、いつかあんな風になれるさ」
キーフが妹の肩を叩く。
「うん、頑張る。。。」
キリエは“シンシアのように立派な女性になりたい”という目標ができたのだった。
一方、前線では今も激しい戦闘が繰り広げられていた。
「おいおい、どんどん敵が沸いてきやがるぞ! これじゃキリがねぇ!」
衛兵総長ザギバは倒しても倒しても減らない敵の多さに嫌気が差してきていた。
「もうみんな限界だ! ここで無理をしてもどこかに穴が空く! 下がって防衛に徹底しよう!」
自警団長シュトロンは兵の身を案じ、後退を提案。
「バカがっ! 敵は雑魚ばかり! 下がったら動きが制限されるだけじゃが! 少しの犠牲が出ようとここは押し切って皆殺しじゃ!!」
対して、五区衛兵長ランデュネンは犠牲ありきの進軍を提案する。
「シュトロンの言う通り後退だ!!
地の精霊術で防壁を作り、堅牢な防壁と狭い道を作り、少しずつ確実に倒していく!!」
ザギバは衛兵の命を限りなく大切にする方針を選んだ。
「ザギバァ!」
ランデュネンは声を荒らげ、ザギバの胸ぐらを掴んだ。
「これは戦争じゃ! 多少なりの死者は出る!
ここに来た者はそれを覚悟してきたはずだ!」
確かに、これは精霊人と精霊王との命を奪い合う戦争。
甘い事を言っている余裕はない。
だが、そんな事はザギバも百も承知だ。
「命あってこその勝利だ。精霊人のいない都市に未来も、勝利もねぇぞ」
ランデュネンはその言葉に反論する事はなく
ザギバを掴んだ手を放す。
「お前も限界が近いだろ。少し後方で休んで――――」
「衛兵総長!! 何か来ますっ!!」
周囲の衛兵が声を荒らげ一点を指差す。
ザギバが視線を合わせると
なだらかな斜面から目に刺激の強い桃色の塊が転がってくる。
次第に勢いを増す全長三メートルほどの大きな物体は
道中に犇めく精霊やオーガを容赦なく轢き潰しエナと散らしてゆく。
「おいおい、冗談だろ……」
中央の通路から現れたのは
大きな、大きな桃の怪物であった。




