五十六話 二区奪還作戦
太陽は徐々に沈み、真っ赤な夕陽に変わる。
対にある緑色の月が薄っすらと見えてきた時刻。
三区に集った一同は精霊、精霊獣で溢れた二区の奪還へ向かうため十列に並び貴橋を渡る。
先陣を切って進むのはシンシア、衛兵総長ザギバ、自警団長シュトロン、五区衛兵長ランデュネン。
自警団と衛兵たちはその後に続く。総勢七百名。
殿を務めるのは朔桜、ノア、レオ、キーフ、キリエ、カシャ。
三区衛兵長モルボは一命は取り留めたものの、今だ意識は無いまま。
戦える状態ではないので即席の担架で本部まで運ばれて行った。
イツツももう能力が使えないので避難民の誘導へ向かった。
「レオ、本当に戻らなくて良かったの。。。?」
キリエは心配そうにレオに問う。
レオも腹部を負傷したままだ。
自分で歩くのもままならず、キーフとレオが助けた衛兵が両方から肩を貸している状況。
ガントレットは壊れ火の精霊も離れた。今のレオは戦闘には使えない。
「あっちで倒した精霊、精霊獣のエナを吸収して、朔桜さんのアレに集めるらしい。
それで治療してくれるってさ」
「ああ、アレにね。。。」
宝具とハッキリ言わないのは、彼女への配慮だ。
ベラベラと宝具と口にする訳にはいかない。
貴橋は三区への唯一の避難所。
ここが壊されたら逃げ場が無くなる。
全員が渡り切った後、殿のメンバーは貴橋に陣を構えて守りつつ、周囲の敵兵を一掃していく算段。
貴橋を半分以上渡ったあたりで、いち早く異変に気がついたシンシアが叫ぶ。
「全員、走ってぇ!!」
その直後、列の中心部の衛兵たちの足元が目映く光る。
「え?」
瞬間、下から放たれた熱閃があっという間に数百人の命を蒸発させた。
熱閃は一発じゃない。何発も何発も放たれ、貴橋は炎上し、焼け落ち、無惨に崩壊。
殿の全員は崩落に巻き込まれ宙を舞っている。
「朔ちゃん!」
ノアが朔桜を拾い、木片を器用に跳んで渡る。
「ノアちゃんありがと! 他のみんなは!?」
「大丈夫だと思うよ」
キーフがキリエを、カシャがレオとレオが助けた衛兵を両脇に抱えて空中を跳んでゆく。
朔桜が心配しているみんなとは、その常人の域を越えた者たちではない。
常人の域を越えず、生きたまま湖に真っ逆さまに落ちてゆく衛兵たちの事だ。
「ノアちゃん! お願いっ! あの人達を!」
ノアは言われると薄々感じていた。
溜息を漏らしつつも素直に助けに行く。
「ほんとお人好しだね。まあでも、アレは潰しとかないとねっ!」
貴橋の石片を蹴り超速落下。
「生命を守りし、大いなる器! 出現せよ! ノ ア の 方 舟!!」
ノアの詠唱が終わると湖の上に白い大木で組まれた巨大な舟が浮かぶ。
水の攻撃には絶対的な防御を誇るノアの能力《ノアの方舟》。
湖に顕現した舟を足場に着地。
朔桜を降ろすと自身の宝具を発動。
「【変身】」
一瞬でロードの姿に変わり、魔術を唱えた。
「風壁―球」
風の上級魔術で空中に散らばった衛兵たちを球体の中に集めて方舟の上に降ろす。
ざっと見て七十名くらいだろうか。
「い、生きてる……!」
「俺達た……助かったのか!?」
衛兵の安心しきった言葉にノアが反応する。
「まだだよ。アレをどうにかしないとまた飛んでくる。
あのビームあんまり当たりたくないなぁ。熱いし痛いんだよねー」
ノアは経験談を口にするが、衛兵たちはなんの事だか分からず首を傾げる。
その間にも湖に浮いた無数の肉塊はノアの方舟に対象に定めた。
口のような穴が目映く光る。
「ノアちゃん! どうしよ!!」
「ん? あー、もうなんもしなくてもいいと思うよ」
「さっきと言ってる事違くないっ!?」
「だって、もうノアの楽しみ取られちゃったんだもん」
不満で頬を膨らますノアの言葉通り、宙から降り注ぐ無数の輝きが肉塊を貫く。
水面に見えている肉塊も、水中に潜んでいた肉塊も含め、三十体強を全て消し去った。
「ねー?」
「おー」
朔桜が上を見上げると、空には一面の星々が輝き、
二区に到達したシンシアが矢を携えていた。
「みんな無事ー!? 怪我はないー?」
先頭のシンシア、ザギバ、シュトロン、ランデュネンの部隊はなんとか渡りきれた様子。
「はーい! 大丈夫です! ありがとうございまーーす!!」
シンシアと朔桜は大声でやりとりをした後、ボソッと呟く。
「良かった。当たってなくて……」
怪我はないとは星が当たっていないかという確認の意味もあった。
シンシアの放った流星群は範囲は広く威力も高いが精度が悪い。
無事だと分かり、ほっと胸を撫で下ろす。
「落ちた奴らは無事か!?」
血に塗れた斧を振るザギバは、下の様子が気になるらしい。
「落下した衛兵たちもノアちゃんも無事みたいよ」
「そう、か!!」
安心した声色に変わると語尾と同時に力を込め目の前の植物型の精霊を真っ二つに切り裂く。
二区に渡れた者たちは多種多様なの精霊の奇襲を受け、全員戦闘中だ。
「こっちも精霊の奇襲を受けているの! どうにか頑張って登ってきて!」
シンシアは大声で状況を伝えると、すぐに戦線に加わった。
「上も大変そうみたいだね。ノアたちはどうする?」
「う~ん。確か、王城のある一区の下には船着場みたいなのがあったんだ。
もしかしたら二区にもあるかも。衛兵さん、誰か知りませんか?」
口に手を添え声を大きく広げる。
「二区にも物資運搬の船着場があります!」
一人の衛兵が手を挙げ、前に出る。
「私は以前、四区の物資を二区に運搬をしたことがありますので、案内できると思います!」
「ほんと? じゃ、出航~」
ノアの方舟は湖に豪快な波を立て、二区に向かって進むのだった。




