四十七話 追い込まれた機獣
精霊王に選ばれた能力持ちの精霊獣ミノタウロス。
他の生物を圧倒し、好き放題暴れていた彼にとって
精霊人は生きているエナジードの塊でしかない。
そのはずだった。
結合され、丑の刻となった無双の牛は、惨めにも地面を這い蹲る。
これは生まれて初めての体験。
初めての屈辱だ。
「不覚。身動きが取れん……」
砕けんばかりに歯を鳴らし、怒りを露わにする。
精霊人を見下し、喰える遊び道具とすら思っていた丑の刻は
シュトロンの鞭剣『才色兼備』に身を絡め捕られ、
ランデュネンの重力で動きを完全に封じられた。
「助かったぜ、ランデュネン」
「五区衛兵長生きてたのか……はっ! 衛兵総長!」
シュトロンの長く伸びた剣も、ランデュネンの能力《|重鎮の核》《グラビトン》で潰されていて、剣先ひとつも動かせない。
「今後二度と無い最大の好機だ! 丑の刻を倒すのは今しかない!」
「おう!」
ザギバは背後の糧斧を地面から引き抜く。
「不快。精霊人などに……この我が負ける? あり得ぬ! あり得てはならぬ!! うごぉぉぉぉぉぉ!!!」
雄叫びを上げ、丑の刻は全力で重力に逆らい身体を起こす。
家数件分を背負って立っているようなものだ。
「バカなっ!あの重力で動けるのかよ!」
ザギバのそのあまりの迫力に一瞬腰が引けてしまった。
「底力。我の――――」
「じゃかあしい!!」
ランデュネンは一瞥。
重力を更に集中させ、超重力で再び地面に押し戻す。
「く……屈辱。屈辱ッ!」
「情けない。とっとと始末せい」
「ああ!」
丑の刻の横に立ち糧斧を振り上げた。
その刹那、立ち並んだ家屋を消し飛ばし、巨大な光の束が戦場に向かって放たれたのだ。
「は?」
一瞬で視界は白い光に埋め尽くされた。
地面は熱閃で溶け、深い窪みになっている。
ランデュネンが咄嗟に超重力を広重力帯に戻し、
閃光を押し潰してなんとか難を逃れた。
「今、完全に死んだと思ったぜ」
「僕もだよ」
二人は青白い顔で薄ら笑いを浮かべる。
ランデュネンの能力に救われた形でその場の全員が命を拾った。
「また厄介な……」
うんざりした様子で愚痴を漏らすランデュネン。
ザギバは本腰を入れ斧を肩に担ぎ、シュトロンは腕で流れ出た汗を拭う。
「援護。有難し」
いつの間にか重力の呪縛から解き放たれた丑の刻は
遠くの建物の屋根で高らかに笑っている。
「野郎、仲間がいやがるのか」
「何度でも潰せばいいじゃが! こんな風に!」
丑の刻に狙いを定め、広重力帯を落とす。
しかし、潰れたのは家屋のみ。
丑の刻の姿はない。
見失ったと同時にランデュネン目の前に斧が振り下ろされる。
「余計な事を」
丑の刻のエナを吸い速度にも対応出来るザギバの『糧斧』が巨大な拳を受け止めた。
同時に全身をシュトロンの鞭剣『才色兼備』が雁字搦めに固める。
丑の刻は尻尾柔らかに使い、糸を解くように自在に動かす。
「ランデュネン! 重鎮の核を!」
ザギバの指示は少し遅かった。
丑の刻は身を引きピンと張った才色兼備を尾で叩いて
シュトロンのバランスを崩させた。
「くっ! まずい!」
緩んだ鞭剣から丑の刻は容易く抜け出した。
遠くで三人の顔を次々と見ていく。
「個体。禿げた大斧男。速度対応不足。得意。斧のエナジード吸収と斧の盾。近距離警戒。
個体。長髪の剣士。速度対応。得意。自在に伸びる剣も厄介。中距離警戒。
個体。長顔の重力の男。速度対応不足。得意。能力は重力と推測。遠距離警戒。
確認。どれも単体では相手にならぬ。だが、結託されると些か厄介。
思考。接近戦排除。遠距離戦不得手。戦法。……確定。」
丑の刻は静かに地に降り立つ。
冷静に。冷静に。
追い込まれた獣は限りない冷静さをみせていた。




