四十六話 自警団長と衛兵総長と
闘気を漲らせた自警団長シュトロンは丑の刻と対峙する。
未の刻のエナを吸収し、今までと比較にならないほどの強さを手に入れていた。
眉間に寄った皺は、その怒りの大きさを示す。
共にあったであろう未来を奪った相手を鋭い眼で睨みつけた。
「失笑。あの雌羊は無様に死んだか」
その言葉はシュトロンに火を付ける。
「丑の刻ッ!!!」
怒りに支配されたシュトロンは雷の速さにも匹敵。
同速同等。ほぼ互角に渡り合っている。
「おいおい……あれと正面からカチ合えるのかよ……」
衛兵総長ザギバも大口を開けて呆然と立ち尽くす。
二人の戦いは並の精霊人には追える速度ではない。
俊敏に動き回る丑の刻は防御から一転。四方八方から適格にシュトロンの心臓を狙う。
ザギバの『糧斧』にエナを吸われてもなお、丑の刻の動きは衰えを知らない。
シュトロンは回避に重きを置き、攻撃をかわした後の僅かな隙を窺う。
「ここだ!!」
素早い剣撃で精天機獣の心臓とも言える腹部の宝石を狙うが、
そう易々と攻撃を食らう丑の刻ではない。自身の手足で器用に剣撃を防ぐ。
天使の機体は並の物質では傷を付ける事すら不可能。
最強の矛にして最強の盾でもある。
「その硬さにその速さ、そして即死級の破壊力。精霊王はこれすら使役するのか」
全力で鞭剣を振るが、丑の刻は涼しい表情でいとも容易くかわす。
「疲労。随分と息が荒れているぞ。もう終いか?」
丑の刻の指摘通り、シュトロンは息が乱れ、僅かに疲れがみえ始めた。
これが精霊人と精天機獣との差。
「はぁ……はぁ……彼女の仇を討つまで、僕が倒れる事は決してない!」
「虚勢。その割には随分と逃げ腰ではないか。
成程。貴様、あの雌羊から我が能力を聞き出したか」
「ああ、僕は彼女からこの力と君の情報を託された!
君の能力《蓄》は生物に拳や蹴りを当てる都度、その威力を増す! そうだろう!」
シュトロンはわざと大きな声で会話し、後方のザギバにも聞こえるように話す。
「不快。あの小子……牝羊にまで余計な事を伝えたな。許すまじ……」
丑の刻は一人でブツブツと文句を垂れる。
「腹部の肋骨に守られた宝石それを破壊すれば君は死ぬ。
精霊人と何も変わらない。僕たちと何も変わらない。同じ儚い命だ」
「戯言。精霊人など駆逐される脆弱な家畜共と存在と並べるな!」
勝負を仕掛ける丑の刻。
「衛兵総長! 力を貸してくれ!」
「おうよ!!」
同時に二人の精霊人も勝負を仕掛けた。
「薔薇の瞬き!」
鞭剣が長く伸び、蛇のように丑の刻の全身を絡み取る。
手足の関節を適格に抑え、丑の刻は振り解く力が入らない。
「捕らえた! 今だッ!!」
「うおおおおおおおおおらぁぁぁぁぁl!!!!」
ザギバは巨大な糧斧を振り下ろす。
「未熟。」
渾身の一振りを何かが弾いた。
斧は後ろに吹き飛び、地面に刺さる。
「これは……尻尾?」
正体は、二メートル程度に伸びる蒼尾。
ノアを奈落に叩き落した攻撃の正体。
丑の刻の手足に次ぐ、第三の凶器。
「断頭。」
太い尾は無防備なザギバの首を襲う。
その一撃をただの精霊人が打ち込まれれば首が消し飛ぶ。確実に死に至る。
「衛兵総長ッ!!」
ザギバには尻尾の軌道が見えない。かわす事はできない。
防ぐための糧斧もない。防ぐこともできない。
万事、休す。
「っ!」
「広重力帯!!」
広範囲に広がる重力がザギバの周囲を押し潰す。
同時に丑の刻と寸前に迫った蒼尾が地面にめり込んだ。
「この力……まさか……!」
「間一髪のじゃったのぅお……ザギバ。で、あのくそガキは一体どこじゃが」
三度現れるあの男。
家屋に吹き飛ばされ身体は土埃でボロボロ。
鋭い目つきで周囲を見渡すのは
上下に手を握り合わせた五区衛兵長ランデュネンだった。




