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W×Ⅱorld gate ~ダブルワールドゲート~  作者: 白鷺
四章 輪廻凱旋! 都市奪還作戦
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四十五話 百を越えた雫

長閑(のどか)な村で父と母、弟、妹と普通の暮らしをしていた普通の村娘。

彼女は突如、精天機獣の()()として使われた。

異世界の機体と精霊獣と宝石を混ざ合わせられ、見た目は激変。

肉体は罅割れた機体。

胸元には白い宝石が埋め込まれている。

皆に綺麗だと言われていた澄んだ緑の目は黄土色へと変わり、頭に角まで生えた。

親譲りの真っ直ぐな茶髪はクリーム色の巻き髪へと変わり、

編み物を得意としていたしなやかな手と整った爪は、太く大きな手と黒い巻き爪に変わっていた。

呆然と立ち尽くす彼女の目の前に立つ男はこう言った。


「我に服従し、跪け。貴様は八刻目。未の刻(リィープ)と名乗るがいい」


男が高圧的に命令すると、彼女の身体が勝手に跪く。


「服従。王から賜りました私の名は……未の刻です」


「よかろう。今後、我の命令は絶対とする。

我に逆らう事は許さず、自ら命を絶つ事を禁ず。」


その言葉を受けた途端、脳が分解されたかのように切り替わる。

絶望し、その場で命を絶とうとした彼女の思考を捻じ曲げる。


「精霊王に仕えし“精天機獣(せいてんきじゅう)”として我に従い、我のために励むがいい」


「御意。」


それから数百年。

精霊王の作り上げた“精天機獣”十二刻と共に精霊人を殺し続けてきた。

強制的な命令に逆らう事は出来ず、言われた通りに言われた事をする。

寿命は無く、永遠に精霊王に使われる生きる道具。

最初は罪悪感に苛まれた殺戮も、気が付けば何も感じなくなっていた。

殺した人数も、殺した相手の顔も、ふと見た景色のように過ぎ去ってゆく。


「(誰か、助けて。この生きる地獄から。誰か倒して。精霊王、アーガハイドを――――)」


――――――――――――――――――――――――――――――――


不意打ちで胸の宝石を壊された未の刻は意識が朦朧として夢を見ていた。

精天機獣の唯一の弱点。

綺麗な白色の宝石に罅が入っている。

それは死が確定した事の意味。

倒れた未の刻に寄り添うのは自警団長シュトロン。


「レディ……すまない守ってあげられなくて……」


「平気。気を抜いていた私が悪いのだから……そんなに気を落とさないで」


「でも……」


「優先。話すべきは……彼の能力。

宝石が完全に壊れる前に伝えられる限りを伝えるわ……」


シュトロンは静かに頷く。

未の刻はふうと少し息を整えて話を始めた。


「解析。“精天機獣”丑の刻の能力……それは《(ちく)》。

拳、蹴りを生物に当てる都度に攻撃の威力が上昇する能力です……。

その破壊力は大岩をも容易砕くほど。人が当たれば最後、跡形も無く弾け飛ぶでしょう。

弱点の宝石は腹部。肋骨の内。天使の機体は全身傷一つ無い完美品。

性格は闘争心が高く、戦いを望む性格。

雷にも匹敵するあの素早さは元々の彼の素質。

攻撃力、防御力、機動力を持ち合わせた最強の機体、それが“精天機獣”丑の刻。

宝石を壊すにしても、あの機動力をどうにかしないと不可能だと提言します……」


「ありがとう、レディ。もう十分に伝わったよ。これ以上は傷に障る。

最後の時まで僕が傍に居るから安心して眠るんだ」


その言葉に未の刻の感情に喜びと怒りが入り混じる。


「否定。貴方には一刻も早く、皆に今の情報を伝える義務があります……。

私なんて放って行ってください」


今もノアと丑の刻が激戦を繰り広げている最中だ。


「ダメだ。弱った女性を置いていくなんて僕には出来ない」


「罪人。私はたくさんの精霊人を殺してきた精天機獣です。

そんな温情をかけられる存在ではありませんよ……」


自嘲(じちょう)するような覇気の無い声。

彼はこんな声を何度も聞いて来た。

自警団として犯罪に手を出した女性が罪を悔いる声色だ。


「自警団長としてこれから言う事は君だけの秘密にしてほしいんだけど……」


シュトロンは未の刻により一層近づく。


「僕は()()()()()()()()()()。何をしても許す。詐欺、窃盗、殺人。

仲間を、家族を、己自身を殺されても全ての罪を許すよ」


その言葉は自警団としてだけでなく、

精霊人、いや、生物としてもあるまじき発言だった。


「狂気。それはもう並の精霊人の感覚を逸脱している」


「ははっ、そうかもしれないね。僕は普通じゃない。

でも、これはこの世界に生まれて、世界が僕に与えた使命だと、役目だと、そう思う事にしているよ。

だから僕は自警団になり、スネピハの全ての女性が幸せに暮らせるように尽力しているんだ。

今スネピハにいる君も例外なく僕が全てを許容する対象なんだよ」


「不能。理解できません。どうして私なんかをそんなに気に掛けるのですか?」


「女性だから」


「否定。そんな事では正当な理由になりません」


「なるよ。僕にとってはね。それでも納得できないならそうだな……。

そもそも、腰を下ろし顔を突き合わせて話し合った時から運命共同体。

僕たちの立派な仲間だ」


「仲……間。」


その言葉を聞いて未の刻の目から雫が零れる。

数百年流したくても流す事の出来なかった人としての尊厳が解き放たれた瞬間。


「驚愕。この機体の目から涙が流れるなんて……」


「見た目や構造なんて関係ない。同じ志を抱いて進んでいるんだ。

君は紛れもなく僕たちの仲間。そして……れっきとした()()()だ」


シュトロンの優しい言葉を皮切りに雁字搦(がんじがら)めに絡まった

未の刻の心の糸が解かれてゆく。


「レディ……!」


身体が透け、末端部分から徐々にエナへと変わる。


「無用。私は救われました。貴方のおかげで……」


彼女の目的は精霊王を倒す事ではない。

彼女はただ肯定されたかった。

天使でも、精霊獣でもない。ましてや精霊王の道具でもない。

ただ一人の精霊人として全ての罪を裁かれて、許されたかっただけなのだ。


「祈願。私のエナジードは全て貴方に託します。

仲間を救う力となりますように。貴方に勝利をもたらしますよう」


未の刻は数百年ぶりに涙を流す。

それは精天機獣としてではなく、精霊人としての涙だった。


()()()()()()()()()()()


百年を越えた呪縛から解き放たれた彼女は


報われたように静かな眠りについた。

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