四十三話 牛戦
青塔前。
俊敏に動き回る“精天機獣”丑の刻。
その速度と攻撃力はノア以外を圧倒しているにもかかわらず、なかなか攻めに転じない。
ひたすらノアの四方八方を動き回り、隙を窺う。
「随分と用心深いね。それとも、ただ単に臆病なのかな?」
ノアが煽るも、午の刻は言葉を返さず、動じない。
その後もひたすら周囲を動き回るだけ。
「はぁ……いい加減ストレス溜まるなぁ……。電池の無駄なんだけど……」
ノアが身体を揺すり、イライラし始めた頃合いを見計らって丑の刻が仕掛ける。
地面を勢いよく蹴って加速。真っ直ぐノアに突っ込んだ。
単純な直線突進。ノアはかわそうとしたが、ふと自分の背後に気づく。
後方には衛兵総長ザギバと自警団長シュトロン、精天機獣の未の刻が一列に重なっている。
ここでノアが避ければ、後方の三人は間違いなく死ぬ。
「ちっ! 小賢しい牛さんだね!」
予定を変更。咄嗟に回避から防御にまわる。
雨の羽衣で心もとないが、防壁展開。
物理最強クラス相手の攻撃を正面から受け止めるつもりだ。
「霧散。」
しかし、そんな上手くはいかない。
案の定、丑の刻の豪速の拳は易々と衣を貫き、ノアの上半身を貫いた。
「粗悪。その程度では我の拳は止まらぬ!」
「ガキー!!!」
ザギバがその悲惨な光景に叫びを上げた時だった。
先端が捻れた雨の羽衣が地面から飛び出し、
回転ドリルのように丑の刻の宝石一点を狙う。
「小癪。」
丑の刻は瞬時にかわし、後方に下がる。
攻撃は後一歩のところで宝石には届かず、天使の機体を掠める。
「あーもうっ! おっしい!」
ノアは地団駄を踏んで悔しがっている。
人工宝具【最高の親友】で分身を作り、
【変身】で小さな貝に変身。
丑の刻を欺き、不意を衝いたものの、寸前で仕留め損なう。
「何故。上昇付与が発生しない。幻覚。いや、感覚はあった。分身。偽者……」
一方、丑の刻は自分の拳を見ながらブツブツと呟いていた。
「おいおい、一体全体何が起きてるのか全く理解できねぇぞ……」
ザギバは今の攻防を視認する事すら出来ていない。
一般の感覚では、その戦闘はあまりに高次元の命のやり取りなのだ。
「おじさんはシュトロンと羊のお姉さんを連れて物陰に避難しといて!」
「俺らは足手纏いってか?」
「うん! そう!」
ノアは悪びれもせずハッキリと伝える。
ザギバは項垂れて渋い声を漏らすとすぐに顔を上げた。
「分かった。俺らは一度隠れる。その後、未の刻から情報が入ったら伝えに行く。どうにか耐えろよ!」
「はーい。先に倒しちゃうかもしれないけど。まあ、よろしくー」
ノアは手を振って三人を見送る。
「覚悟。そろそろ続けようか」
「うん。待っててくれてありがと。やっと集中できるし、牛さんも本気で来ていいよ」
「不要。」
勢い良く飛び出した午の刻は、即死級の拳を無数に繰り出す。
ノアは宝具【鵜の目鷹の目】で全て見切り、軽快にかわしていく。
何度打ってもかわす。背後に回ってもかわす。何をしても全ての攻撃をかわしつくす。
「もう少しスピード上げないとノアには当たらないよ?」
余裕の笑みすら見せるノア。
「加速。これならばどうだ」
拳の速度を上げ、手数を増やす。
しかし、ノアには掠りもしない。
「全然、遅いよ」
ノアは衣を長剣のように使い腹部の宝石を狙う。
丑の刻も簡単にやられはしない。
大振りの一撃を両手で掴み抑えると衣を振り回し、
ノアを遠くに吹き飛ばす。
空中で重心をコントロールして壁と激突寸前、
垂直の壁を何度も側転し、勢いを殺す。
華麗に上空へ跳び上がると屋根の上に静かに降り立った。
「芸がないなぁ」
ノアは笑みを浮かべ丑の刻を見下ろす。
不気味な表情に危機を感じた丑の刻は咄嗟に後方へ跳んだ。
「殺意。あの者普通ではない。異常。異端。異質。
我の素早さをもっても奴に及ばぬならば、戦い方を改めよう」
突如、丑の刻の右肩から力が抜けてぶらぶらと揺れ動く。
「不覚。我が未熟ゆえ、微々たる破壊。ご勘弁を」
丑の刻は右の腕に全身全霊の力を込めた。
生身の部分はガチガチに膨れ上がり二倍の大きさに変化。
「あ、ヤバそう」
ノアが危機を感じた時にはもう遅かった。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
轟く巨大な雄叫び。
勢いよく地面に突き立てられた拳は
あろうことか
スネピハ五区の強固な地盤を真っ二つに叩き割った。




