三十三話 陥落の記憶
緑の月が昇る静かな夜。
空は澄み切り雲一つない綺麗な夜空には星々が煌めく。
雨降る前独特の冷たい風が吹く中、一万の精霊、精霊獣を引き連れて
空から絶望が降って来た―――――。
俺は十三の頃から一庶民の衛兵として毎日血の滲む鍛錬を積み重ね、
人の悪事を裁き、精霊、精霊獣の脅威から水都市スネピハを守ってきた。
コツコツと名声を上げ、気が付けば衛兵総長という名誉ある位に就いていたのだ。
名誉とともに王室の一室に設けられたあまりに豪華な自室。
その日は自分の一室でまったりと俺の相棒『糧斧』を磨いていた時だった。
夜なのに部屋の外が騒がしい。
衛兵たちの大きな声と駆け回る足音が聞こえる。
気になった俺は相棒を手に部屋の外に顔を出した。
王城の階段を下ったところに綺麗な芝の茂った中庭。
その綺麗な緑の芝地に異様な気配を纏った黒い巨鳥が丁度降り立ったところだった。
一目で分かる。それが良いモノでは無いことが。
背に乗った数体の精霊獣が四方に飛び出し、武装した衛兵を瞬殺してゆく。
すぐに味方の加勢行こうとしたが、足が止まった。
鳥の背中から最後にゆっくりと降りてきた白髪の長髪の精霊人。
手傷を負っており、右の手は無く、流血で服が深紅に染まっている。
まだ新しい傷だろうか。
白髪の隙間から耳は長く伸びている。一目でエルフだと分かった。
それと同時に何か得体の知れないモノ感じた。
負傷していてもなお、最大の脅威だと脳が直感する。
壁を飛び降り、精霊人に問答無用で真上から相棒を振り下ろす。
だが、突如弾丸のように黒い鎧が飛んでくる。
その正体は黒いサイの精霊獣。
相棒で咄嗟に防御して、なんとか直撃を間逃れる事ができたが、
まるで巨大な鉄球を受けたような衝撃。
俺は軽々と後方の王室まで吹き飛ばされ、上質な床材の上をゴロゴロと転がった。
うつ伏せのまま痛みで立ち上がる事ができない。
「ザ、ザギバ! 一体何事じゃ! 外で何が起こっておるっ!?」
我が主にしてこの都市スネピハの王。
ピンアッハー王がお声を荒らげ、玉座から立ち上がる。
「王よ、お逃げください……」
必死に避難を促すも、王も護衛兵も驚くばかりで立ち竦んだまま。
突然の事態にパニックになっているようだ。
そんな騒乱の最中、突如、王室の空気が一変。
空気が凛と張り詰め、気が付けば、俺の真横を白髪の精霊人が通る。
風のような通過。足音一つ聞こえず、殺気も気配も何も感じない。
だからこそ不気味だった。初めて、恐怖を感じた。
護衛兵は腰に備えた剣を抜刀し、身構える。
「きっ……貴様何者だっ!? ここは王室ぞ! 誰の許可でこの私の王室に――――」
「王室はこの精霊王に相応しい」
「な……何を戯言を! こ奴の首を刎ねよ!」
護衛兵は剣を向け駆け出す。
精霊王を名乗る男は向かい来る護衛兵に怯む様子はない。
それどころか丸腰にもかかわらず、真っ直ぐ堂々と歩みを進めている。
「護衛兵えええ! 退け! 退けえええええええええええ!!」
俺の叫びも虚しく、数十名の衛兵は男の背後から飛び出した精霊数体に瞬殺。
バラバラになった肉片が周囲に散る。
「ひっ――――」
ピンアッハー王はその場で腰を抜かし尻もちを着く。
男は今の出来事が何事もなかったかのように。
まるで当たり前かのように、我が物顔で玉座に腰掛けた。
ピンアッハー王や俺がいるのにもかかわらず、まるで気にも留めていない。
「ザギバ……こやつを――――」
ピンアッハー王が男を指さした途端、言葉が止まり、倒れた。
「王……?」
「王を指差すとは、不敬である」
精霊人の言葉の後、ピンアッハー王は突然動かなくなった。
理由は単純。死んでいるからだ。
表情、身体、何一つ動かさず、男は殺気だけで王を殺した。
エナジードへと還った護衛兵たちはサイが吸収。
エナジードが無く、エナジードの還らない王の亡骸や、護衛兵の装備は巨大で口の大きな鳥がついばみ丸のみした。
俺はその様子をただ黙って見ている事しかできなかった。
「王は座して待つ。捉えた精霊人と我が腕をここへ」
命令を受けた精霊数体が王室から出ていく。
それとすれ違いに白い毛に覆われた精霊人と精霊獣を混ぜたような女型のモノが入って来る。
「完遂。精霊人の駆除終了……失礼、まだ一体おりました」
流暢に言葉を話すそいつは俺を片手で拾い上げ、ゴミを捨てるかの様に鳥の大口に投げ入れた。
鳥に喰われた王の亡骸や護衛兵の装備は強力な消化液で既に原型を留めない程に溶けていたが、俺は鳥の腹の中で消化液に耐え忍んだ。
鳥が王室を去った頃合いを見て、幸いにも俺の後に投げ入れられた俺の相棒で鳥の腹を破り、脱出する事が出来た。
だが、既に都市は精霊、精霊獣に蹂躙されており、
美しい湖に浮いた水の都市は、爆音や悲鳴が飛び交う地獄と化していた。
水門から堂々と侵入してきた一万の精霊、精霊獣。
二区から突如湧き出たオーガの群れに挟まれ、苦戦を強いられる事になる。
多くの都民は死に、多くの衛兵が勇敢に散っていく様を見た。
三区で徒党を組んだ衛兵と自警団に運良く合流する事が出来き、
体制を整えるため苦渋の決断でスネピハを命辛々脱出。
その後、百水門を閉じ、隣町の援軍を待つため、内側に精霊、精霊獣を閉じ込め時間を稼ぐ。
俺は悔しさを噛み締めて精霊、精霊獣を狩って、狩って、狩り尽くしたのだった。
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無意識に歯を強く食いしばり鈍い音が響いた。
その音でふと目が覚める。
「嫌な目覚めだ……」
身体中からダラダラと嫌な汗が流れていた。
「よく寝れたかい?」
「いいや、まったく」
「そうかい。でも、身体は休まっただろう?」
自分の身体を確かめるように肩をぐるぐると回す。
「ああ、大分楽になった。俺はどれくらい寝ていた?」
「大体……一時間くらいかな?」
「お前もちゃんと休めたか?」
「休めたよ。僕もついさっき起きたばかりさ。
先程から地響きが凄くてね。」
シュトロンの言う通り上の方から地響きが聞こえる。
何かが戦っているのだろうか。
となると戦っているのはランデュネンだろうか。
都民も衛兵たちも酷く怯えている。
とっとと原因を突き止めるしかない。
あの生意気なガキも天井を見つめていた。
途端、大きく地面が揺れ、上から土埃が落ちてくる。
「あ、起きたんだ。上、何かいるよ。どーする?」
ガキが尋ねてくるが返す言葉は一つ。
「行くに決まってんだろぉ!」
俺は膝を叩いて立ち上がる。
ガキとシュトロンは笑みを浮かべる。
「そうこなくっちゃ!」
「華麗に済ませてこよう」
二人は立ち上がり登り階段へ向かってゆく。
俺は衛兵たちに向き合い指示を伝える。
「お前らはここで待機! お前らは俺の自慢の部下だ。
必ず生きて戻って来る。その間、都民を不安にさせるなよ」
「はいっ!!!」
一同は大きな良い返事をして俺の背中を見送ってくれた。




