三十一話 達
“精天機獣” 午の刻。
平然と立ちながらも圧倒的な威圧感だ。
その前に堂々と立つ俺を午の刻が鋭くそして冷たく睨む。
顔をぶん殴ったのだ。怒りを買ったに違いない。
いや、間違いなく買った。断言できる。
「慢心。首を捩じられるとは想定外。羽虫も集えば目障り。
圧倒。確実に一匹ずつ駆除する」
駆除ね……。言い方は気になるが、俺から目を逸らして言わないって事は
俺に対して言っているんだなとハッキリ分かる。
それなら安心だ。怪我人のキーフ、泣き虫のキリエ、臆病なイツツを狙われるよりも、
勇敢な俺を狙ってくれる方がはるかにマシだ。
午の刻は前傾姿勢を取る。これは前に突進してくるのだろうか?
足に《弾》を使い、一瞬で距離を詰められたら、瞬きする間に殺されるかもしれない。
突っ込んで来なくても、広範囲に《弾》を放ち、周囲一帯を弾き飛ばすかもしれない。
相手の一動一動が生き死にに関わる。
一瞬たりとも目を離せないが、俺の目では奴の速さを捉える事ができない。
前もって拳を突き出しておく。
俺の能力《反拳》は受けた衝撃を二倍にして返す。反せるのは衝撃だけ。
精霊術はめちゃくちゃ痛いけど、跳ね返す事は出来る。
奴の能力も返す事は出来る……はず。ただし、腕が弾けるのは間違いないだろう。
それはもう覚悟している。師匠が死んだあの時に。
師匠は死ぬ間際に言っていた。
今使えるのは、反拳の能力の一部だと。
真の力を解放するに至れば、皆を守る力へと変わる。と。
あれも、これも俺一人で倒すには程遠い事は分かってる。
だけど、これは土壇場の挑戦だ。
圧倒的な果ての見えないほど高く、分厚い壁を越えるための挑戦。
それにもう一つ、理由はある。
師匠を殺し、相棒キーフの腕を奪った午の刻が許せねぇ!
端的に言えば、仇討ちがしたい。
奴をぶっ飛ばしたくてたまらない。
恐怖はある。不安もある。だが、今は怒りが勝っている。
奴の前に立つ理由なんてそれだけで十分だ。
俺は今、挑戦心と復讐心で立っている。
何故だろう。今なら負ける気が全くしない。
拳が熱く震える。燃えるように熱い。
俺の内の熱意と怒りが呻る。
「来い! 俺がお前を倒す!!」
と、言った瞬間だった。
もう、午の刻は目の前に居る。
音も風もない。それよりも速い。
明確なターゲットを絞った完全な殺意。
腕を弾こうなんて、嬲り殺すなんて、生易しいものじゃない。
希望すら感じない。圧倒的な死が目の前に居た。
「確実。爆ぜよ」
大きな手が俺を確実に消し去るために覆い、陰を落とす。
その瞬間、思い出した。
そういえば、熱くなってすっかり忘れてたけど、師匠はもう一つ言ってたっけ。
熱い心で目的を目指す行動力は感心するが、もう少し周りを見て行動しろって。
一人じゃない。もっと皆を頼れって。
「すっかり……熱くなってたわ」
また周りが見えなくなってた。
悪い癖ってのはなかなか治らないもんだ。
肉体が弾け飛ぶその刹那、俺は覆われた手の外に居た。
「お互い、世話がかかる相棒同士だな」
その言葉の後、俺は地面に落とされた。
見上げるとそこに俺の相棒キーフの姿があった。
左腕は無く服の半身は血で塗れている。
右の手で俺を抱えて助けてくれたみたいだ。
「キーフ……」
「協力するぞ、相棒! ここに居る弟子四人でケジメを付ける!」
見渡すとそこには仲間がいた。
それは幼い頃から見慣れた顔。
楽しさも苦しみも分かち合ってきた家族と言ってもいい存在。
臆病なイツツはもういない。
いつの間にか胸を張り戦う体勢を整えている。
泣き虫なキリエはもういない。
毅然とした表情で午の刻を捉えている。
力んだキーフはもういない。
力を抜いて冷静に立ち振る舞っている。
みんな成長していたんだ。
あぁ、俺はなんて馬鹿なんだろう。
今ある大切さに、今になって気づくなんて。
「小癪。小癪。小癪。」
午の刻は相当お怒りの様子。
今にも飛び掛かって来そうな雰囲気。
気を抜けばさっきのように一瞬で持っていかれる。
だが、俺は拳を向けて堂々と宣戦布告する。
「来い! 俺達がお前を倒す!!」




