二十九話 漢の背中
威風堂々と立つ午の刻に一同は竦み、身が凍る。
少しでも触れたら死ぬ。一撃必殺の見えない死。
手の先から五十メートル程先まで扇状に広がる無慈悲な攻撃。
死んだ衛兵を悔やみ、弔う間もない。
一度に部下たちを殺され怒りを露わに、モルボが鬼の形相で午の刻に突撃をかける。
「やめろ! あんたじゃ無理だ!」
「うほっ! お前さんらは黙って逃げな!
俺は部下たちをあんな無惨に殺されて、そそくさと逃げれる性格じゃあねえ!!」
キーフの忠告を無視し真っ直ぐに突き進み、右腕を巨大化させ、攻撃態勢をアピール。
モルボは明確な敵意を午の刻に向け、他の者が狙われないようわざと自分を標的にさせた。
午の刻の攻撃を避けやすくするため、敢えて間合いを詰める。
「鈍足。」
その一言。
たった一語で勝負が決まった。
一瞬でモルボの目の前まで迫り、巨大な掌が上から押し潰す。
「驚愕。我が平手を止めるとは」
大樹をもへし折る平手。それをモルボは全身全霊で踏ん張り、身一つで受け止める。
その重圧で足場の石道が先に砕け、一歩たりとも動く事はできない。
この先の展開予想は容易だ。先の攻撃を目の当たりにした全員が理解した。
「貧弱。爆ぜよ」
手から《弾》が放たれる寸前、モルボと午の刻の足元が水のように軟化。
「二人共! 今。。。!」
キリエの地の精霊術で午の刻が体勢を崩すと同時に
レオが手の下に滑り込み拳を突き出す。
「反拳!」
午の刻の圧力を反射し、手を押し上げた。手とモルボに僅かな隙間が空く。
逃がすまいと午の刻は《弾》を放つも、それは軟化した柔らかな地面だけを派手に弾き飛ばす。
「一歩遅ぇ」
キーフが素早く二人を両脇に抱えて《弾》を回避していた。
「さっすが相棒!」
「うほ……助かったぜ……」
二人から手を放すとモルボに下がるように合図を出す。
「あんた、衛兵を連れてこの場を退け」
「お前さんバカ言うな! あいつは――」
「分かっている!! でも、あの野郎は、午の刻は……ポテ師匠の仇なんだ!」
拳を握り、鬼の形相で午の刻を睨みつけるキーフからは闘気が満ち溢れている。
「お前さんら……死ぬぞ……」
その怒りで震える肩をレオが掴む。
そして、モルボに安心しろと言わんばかりに笑みを浮かべた。
表情は一変し、真剣な眼差しで午の刻を捉える。
その眼を見てモルボは確信した。
無駄死にする眼ではない。この眼は、勝つ者の眼だと。
「うほ、お前さんらぁ! 負傷者に手を貸してやれ! 俺らは退却するぞぉ!」
周囲に響き渡る大きな声で衛兵に指令を出す。
「お前さんらに俺の部下の仇も託した!」
「任せてくれ」
レオは背を向けたまま親指を立てる。
「不可。一体たりとも逃が――」
背を向ける衛兵に手を翳す素振りを見せた瞬間、キリエが柔らかな地面で午の刻を取り囲む。
「もう誰も傷させない。。。」
「苦笑。つまらん精霊術だ」
片手を当て地面の原子を次々と弾き分裂させてゆく。
午の刻の視界が戻るとそこは異様な光景だった。
「疑問。ここは……どこだ」
午の刻が見渡すと紫の霧に包まれた薄暗い世界にただ一人。
奥にも手前もなにもない無の世界に居た。
傍から見ていたレオが午の刻の異変に気付く。
「あいつなにしてるんだ?」
キョロキョロと周囲を見渡す仕草をしている。
「奴は今、僕の幻術にかかっています!
音も視界も奪っている一種の催眠状態です! 長くは持ちません! 早く撤退を!」
そう言ったのは影の薄いポテの弟子一人、イツツだった。
モルボ達は大通りを真っ直ぐ進まず路地に裏を縫って退避。
姿が見えなければわざわざ探しに行く事もない。
がむしゃらに《弾》を撃たれてもさっきの距離の範囲外ではある。
だが、数キロ先まで伸ばせるとなると話は違う。
全滅する可能性もある。だが、レオたちはあれを打たせるつもりは毛頭ない。
朔桜が精天機獣の一体、酉の刻を討ち取った時は、核のようなひし形の黒い宝石を壊し消滅させた。
本部で聞いた話を思い出し、レオは声を上げる。
「みんな! 黒いひし形の宝石を探せ! こいつの身体のどこかにあるはずだ!」
一同は目を凝らして探すもそれらしきものは見当たらない。
「全然見当たらない。。。」
「レオさん! そろそろ限界です! 幻術が解けますっ!」
「イツツ! 後どれくらいだ?」
肩をぐるぐる回すレオ。
「後、七秒程ですっ!」
つま先で地面を数回突くキーフ。
「なら、十分だ!」
二人は駆け出し声を揃える。
キーフは上に跳び上がり、全体重を乗せての踵落とし。
午の刻の顔を挟み込むようにしてレオは下から跳び上がり、膝を利用してのバネのようなアッパー。
キーフの蹴りが先にヒット。
その勢いと威力を反対側のレオが反拳で反射。
キーフの蹴りの威力を二倍にして自分の拳に一点に集め、深く重く打ち上げる。
「どおおおおおおおおおおおおおおおおりゃ!!!!!!!」
鈍い音をたて、午の刻は真上に吹き飛ぶ。
顔の芯部分を確実に捉えた。確かな手ごたえ。
世界の引力で午の刻は必然的に地面に引き落とされる。
「どうだ? 死んだか?」
レオは少し離れた落下場所を顔を突き出し、目を細めて覗き込む。
土埃が晴れると完全無傷の午の刻が立っていた。
「不足。その程度の拳では、天使の身体には響かぬ」
両手を広げ、脚に《弾》を使い、一足で二人に猛突進の掌底。
その巨大な手に突き飛ばされ、二人は家屋を貫いて瓦礫の山に埋もれた。
「残数。二体」
キリエとイツツに標的を定める。
「アースヒブ。。。!」
キリエの精霊術で瓦礫の山から分厚い石の橋が伸びるが、
午の刻は避ける事も防ぐこともせず、微動だにしていない。
背に橋が激突しても、何事もなかったかのように、真っ直ぐに二人を捉え大きな手を翳す。
「ひっぃ!」
イツツは情けない声を漏らし、キリエは胸元で手を握り、祈る。
「お兄ちゃん。。。!!」
キリエの想いに応えるようにして一迅の突風が吹いた。
突如、午の刻が前足を滑らし、咄嗟に両手で身体を支える。
「小癪。」
「間一髪だったな、キリエ」
疾風の如く駆けつけた兄は妹を背にし、午の刻の正面に立った。




