二十四話 手向けの橋
激しい戦闘の最中、優しさに溢れたエナジードが散る気配を察した。
恐らく、ポテは……死んだのだろう。
長い生を過ごすエルフ。
彼は今の世で私を知る数少ない古き同胞だった。
冷たい雨の中、同族の命を奪った元凶に鋭い視線を突きつける。
“精天機獣” 午の刻。
「お前は……絶対に許さないっ!」
怒りを込めて矢を放つが、大きな手に軽々と弾き飛ばされ
矢はぬかるんだ地に落ちる。
同時に雨粒が弾け、奴の能力《弾》がこちらに迫っているというのが目視で判断できた。
雨のおかげで奴の攻撃の軌道は一目瞭然。
回避が苦手な私には有難い悪天候だ。
次第に広範囲へと拡散する《弾》の軌道を計り、跳んでかわす。
午の刻は手を広げ、追加で数発放つ。
私はそれもひらりとかわす。
「憤慨。」
午の刻の攻撃が雑になってきている。
左目が潰れ、私をはっきりと捉えられていないのか。
それとも怒りで頭に血が上っているのか。
当たらないにしても、あの《弾》をなんとか封じなければ、私の攻撃は当てられない。
まず、冷静に分析しよう。
手から放てば、攻撃、防御ともに利用でき、足から放てば一瞬で距離を詰めてくる移動手段。
触れれば部位が飛ぶ重症、急所に当たれば最悪一撃で死に至る脅威的な威力。
これまで戦ってきた様子だと、あの攻撃に制限はなく、エナジードを使っているわけでもない。
午の刻の能力だろう。見境なく撃ってくる感じ、制限などはなくほぼ無限に放てるのだろう。
なかなかに厄介だ。
「害虫。早々に始末する」
午の刻が加速し、頭から突っ込んで来る。
膝を柔らかくバネのように使い、高々とジャンプしてかわす。
「小癪。精霊人許すまじ」
着地すると午の刻がこちらを睨む。
蛇のような鋭い眼光。溢れんばかりの殺意。
怒りの感情がこっちまで伝わってくる。
目の矢の事で怒っていると思ったが、何か違う。
これは全精霊人を憎むような、種族に対する怒り。
「貴方は何をそんなに怒りを感じているの?
以前、精霊人に何かをされたの?」
大量の都民を虐殺し、一人残らず殺そうとしている。
過去に何か嫌な事があったのかと感じた。
「否定。我の苦痛ではない。同族の苦痛だ。その罪を償わせている」
「罪?」
「愚問。貴様らは我が同族を奴隷のように酷使する」
その言葉で午の刻の行動の意味が分かった。
大破された荷台と馬車。
無慈悲に殺された精霊人。
だが、唯一馬だけは無傷で生き残っていた。
「貴方は……馬を解放するために……」
「無論。私には聞こえる。同族の声が。
重いモノを運び、精霊人を運び、走らされる怒り、苦しみの声が」
確かに私たちは馬を移動の手段として使っている。
正直、駅馬車を引く馬の気持ちを考えた事は無かった。
御者した感じでは嫌がっているようには感じなかったが、
本当は嫌々進んでいたのかもしれない。
だが、午の刻は一点だけ間違っている。
「それなら、馬を解放するだけで良かったじゃない!
対話を拒み、一方的に殺戮する事は間違っているわ!」
「否定。精霊人は何度も繰り返す。過ちを。何度も繰り返す。非道を。
故に精霊人は根絶やす。我ら同族が安寧に暮らすために」
「つい最近、私自身も同族を奴隷のようにモノとして使われているところを
目の当たりにしてそれを力で解放した。私も貴方と同じような行動をしているわ。
でも、誰一人として殺しはしなかった。全ての精霊人が必ずしも悪ではないわ。
私は何人も良い精霊人に出会って来た!
異業種と虐げられても、認めて共存できるモノは必ずいる。
全ての精霊獣が精霊人に嫌々従っている訳ではないはずよ!
中には固い絆で結ばれている関係だってこの世界には必ずいる!
それすらも貴方のエゴで引き裂くの!?」
「戯言。聞くに堪えん。もはや、哀れみすら感じる。
我が王と同族でありながらも、思想は正反対」
「そうね、アーガハイドが闇なら私は光。
コインの裏なら私は表。絶対に交わる事のない存在かしら」
「無論。ここで爆ぜよ、精霊人」
午の刻は戦闘体勢に入る。
“精天機獣”とは無理を強いられ苦痛を受けている精霊獣を精霊人から解放するため、
精霊人を滅ぼそうという思想を持ち合わせたモノを集めた組織なのかもしれない。
個々にしっかりとした信念があるのだろう。
しかし、だからと言って無慈悲に命を奪って良い訳ではない。
私の大切な仲間を殺して良い訳がない。
頭を働かせながら無意識に背中の矢を手に取るが、木製の矢が雨水を吸って気持ち重く感じる。
ぬかるんだ土が足にうざったく絡みつく。
髪から滴る大きな滴が、まつ毛にのしかかる。
そんな些細な違和感が気持ちを徐々に滅入らせてゆく。
「だめ、気持ちが落ちているわね。集中しなくちゃ」
馬のようにブルブルと身体を振り、雨水と弱気を振り払う。
イシデムの修行で滝に打たれている時は無だった。
自然の一部。一体。ほんのひと時の空だった。
一瞬意識がプツリと途切れる。
途切れた時間が、一秒だったのか十秒だったのかは分からない。
けど、それで心は澄んだ。
まるで生まれ変わったかのような。
まるで今、この場に来たような生まれ変わったかのような感覚。
今から仕切り直し。あれと長期戦をするつもりはない。
一瞬一回のチャンスを一撃で決める。
小難しい掛け合いより、一か八かの方が私の性に合っている。
私は左の薬指を横目で見た。
カウルから貰った銀の指輪にして宝具【一輪光】。
いざという時、運が傾くというなんとも具体性のない宝具。
でも、この宝具のおかげで、この千二百年の間、難を逃れてきたような気がする。
だからここでも私は一に賭ける。
「星々は世界を渡る!」
矢を放った瞬間、午の刻は蹄を弾き、高々と飛び上がる。
一射目でこの精霊術の弱点を見抜かれてしまったのね。
星々は世界を渡るは、一点を狙い矢を放つ。
別の次元に消えた矢は、標的の直前で回帰し、突き刺さる。
しかし、相手がその場所から動いてしまえば、当然、外れてしまう。
不意打ちには効果があるが、ネタがバレてしまうともう通用しない。
「理解。その攻撃はもう通用しない」
得意げな午の刻。
残念だけど、その行動は予測済み。
続けて空気を足で弾き、急速落下してきたならば、私の読み勝ち。
すると、私の予測の通り空気を足で弾き、急速落下して私に迫る。
このまま私の真上から《弾》を使い、地面と一緒に弾き飛ばすつもりなのでしょうね。
能力が強く威力が高いモノの典型的な奢った戦い方。
でも、残念。
「私の勝ち」
すでに母天体に番えていた三本の矢。
煌びやかに焼き尽くす火の精霊が宿る矢デネブ。
音も無く貫く風の精霊が宿る矢アルタイル。
撃ち壊す雷の精霊が宿る矢ベガ。
六適者でなくなった私の残された三属性一つ一つを担う大切な存在。
アーガハイドの《王の号令》をものともしない親和性の高い特別な精霊たち。
私自身を囮に攻撃のチャンスを狙っていた。
勝負どころはここ。
狙いは、淀んだ空から降る一頭の午。
大きく広がった白い手は大きな翼のようにも見えるが、天馬というには大袈裟だ。
そんな高貴な精霊獣の名は相応しくない。
なぜならば、今からアレは雨打たれ、矢に討たれ
そして、この世から跡形も無く消え去るのだから。
午の刻の背後は、淀んだ灰色の空とドス黒い雨雲だけ。
なんの躊躇いもなく、全力を出せる。
「弾圧。弾けよ、エルフ」
私の真上で空気を弾く、力強い一撃。
今までの攻撃とは桁が違う。
原子を弾く小さく繊細なものではない。
空間を投げ落とすような豪快なものだ。
重力とともに頭上に重苦しい数トンの塊が降り落ちてくる。
攻撃は瞬く間に円状に広がり、私の頭上一帯だけ雨が止んだ。
眼球に当たる雨雫はない。
しっかりと上を向き、目を見開いて相手に狙い定める。
打ち漏らす事は決してない。確定。確実。必中の矢。
午の刻の攻撃が頭上寸前で弾けると同時に、三本の矢を放つ。
「穿て。大三星交線!!」
デネブ、アルタイル、ベガの加護により矢は星へ変化。
三つの星は午の刻の目指し、三星が同時に目標を穿つ。
「驚愕。我が天使の機体を……こんなにも用意に……」
午の刻の身体は超高火力の星々の閃光に呑まれ、一瞬で塵と化す。
空に伸びる三本の光の柱。
星矢の通った衝撃波が、暗い空に大きな風穴を空け、一瞬で黒い雲を吹き飛ばした。
淀んだ灰の空は晴天の青空へと変わる。
雨上がりの晴れた空には、ポテが天に渡れるようにと
綺麗で鮮やかな七色の橋が架かった。




