二十三話 ポテ
薄暗く灰に染まった空。
黒く淀んだ雨雲から一粒、また一粒と滴が落ち、次第に乾いた地面を濡らす。
次第に独特な雨のにおいが鼻を衝く。
ポテは残った力を振り絞り、弱々しい声を絞り出す。
「少し……いいかのぉ……」
その場に居る朔桜、ノア、レオ、キーフ、キリエ、イツツを集めた。
皆は、最期が近いのだと察す。
キリエはいち早くそれに気づき、顔を両手で覆い泣き崩れた。
ポテは昔を懐かしむようにやれやれと静かに笑う。
「キリエは本当に泣き虫じゃな……」
「だって。。。だって。。。」
キリエは子供のように泣きじゃくる。
目は赤く腫れあがり、手は涙でびしょびしょだ。
今すぐにでも頭を撫でてあげたいポテだが、もうその優しい腕はもう無い。
「キリエ……お主は優しい。だが、優しいだけではこの精霊界を生きていけない……。
強さを、持て。優しい強さを持って……皆を助けてやってくれ……」
「はい。。。はい。。。分かりました。。。」
キリエは涙を流しながら何度も静かに頷く。
息も絶え絶えで話すポテを見て、
意を決した弟子たちは肩を震わせながらしっかりと向き合う。
「レオ……熱い心で目的を目指す行動力は感心するが、もう少し周りを見て行動するんじゃ……。
お主は一人じゃないんじゃ。もっと皆を頼れ……」
「師……匠……」
「そして、お主はまだ、本当の力を発揮できていない……」
「本当の力……?」
「反拳、それは……お主の能力の一部に過ぎん……。
真の力を解放するに至れば、それは……皆を守る力へと変わるじゃろうて……」
「俺、頑張るよ……師匠っ」
涙を拭ったレオの目からはもう涙は流れない。
強く真っ直ぐな目は既に先の目標を見ていた。
「イツツ……すまんが、鍛錬場の事は頼む……。
あそこの権利は全てお主に譲る。事が済んだら、庭に儂の墓でも作ってくれ……」
「はいっ……もちろんっ……!」
「ヒシメと仲良くな……」
イツツは何度も頷き、大量の涙が溢れ出る顔を覆った。
そして、ポテは一番遠くで背を向け立つキーフを見る。
「キーフ……最後に……顔を見せておくれ……」
弱々しい最後の願いの言葉。
次第に雨は強くなり、絶え間なく降り続く。
ずぶ濡れになったキーフの目は真っ赤に腫れ、水滴が頬を伝う。
レオも肉親のキリエでさえ、キーフの泣いた顔を初めてみた瞬間だった。
「なん……だよ、師匠ぉ……」
「儂なんかのために、涙を流してくれてありがとう……キーフ」
「ふざけんな! あんたは……あんたはぁ……俺達の親も同然だっ!!
ここで涙を堪える事なんて、できやしねぇよっ!」
激しい身振りで水滴を飛び散らし、弟子一同はキーフの言葉で嗚咽を漏らす。
しっかりと整えていた髪型は雨で崩れて乱れていた。
皆の頭の中で、ポテとの思い出が凝縮されて駆け巡る。
「そう……か……。儂も、お主たちを本当の子だと思って、育てた甲斐があったってもんじゃ……」
「死ぬなよ! 死ぬんじゃねぇよ!」
キーフはポテの胸ぐらを掴む。
そんな事をしても消滅を食い止める事なんて出来ないのは本人も分かっている。
やり場のない怒りのはけ口を、親代わりのポテにぶつける子供の我儘のようだった。
「キーフ……お主はもっと力を抜け……。
そんなんでは見えるモノも見えず、守れるモノも守れぬ……。
自身の足を鍛え上げ、自身の能力を扱えるように一歩ずつ成長するんじゃ……」
「師……匠」
「ノア……ぐっ……ごほっ……」
ポテは大量の血を吐き出す。
「ノアはいいよ、大事な事だけみんなのために言ってあげて」
唯一涙を流していない人工宝具のノアはそっと一歩下がり、続きを促す。
悲しくないわけではない。ノアはまだ涙を覚えてないだけで、一同と同じく胸が
張り裂けるような違和感に襲われ、心臓は激しく鼓動を刻んでいた。
「そう……か……。朔桜……儂が……死んだ、ら……そのエナジードは、その宝具に入れて有効に……使ってほしい…………。
ここに居ない皆には……老い耄れは先に逝ったと……よろしく言っておいてくれ…………」
朔桜は最後に強く頷いた。
「子供たち、本当に楽しい時間じゃった……儂に……目的をくれてありが……とう…………」
そう告げたその瞬間、ポテの肉体はガクッと力を失う。
同時に、身体はエナと還り、この世界を去った。
一人一人を見て回るかのように周囲に淡い光が散る。
全員の目からは大粒の涙が零れた。
ずぶ濡れの冷えた身体とは対照的にみんなの心には温かい想いを残して
ポテは精霊界の長い長い命に幕を閉じた。




