表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
W×Ⅱorld gate ~ダブルワールドゲート~  作者: 白鷺
四章 輪廻凱旋! 都市奪還作戦
138/395

二十話 親心

精霊王が倒され、七天衆としての儂の役目は終わった。

特別やる事もなかったので、自身の武を持て余さず、有効に力を使おうと思ったんじゃ。

家族が精霊女王の忘れ形見に殺され、生き残った孤児たちが自分の力で一人で生き抜けるようにと、

イシデムの郊外にあの鍛錬場を建てた。

七天衆の鍛錬場とあって、昔はたくさん生徒がおった。

だが、限りなく続く鍛錬の日々に耐えきれず、一人また一人と去って行った。

厳しい鍛錬を乗り越え合格したのは片手で数えられる程度。

レオやキーフもその生徒。二人が初めて出会ったのは、五つの頃じゃったか。

鍛錬場で出会ったレオとキーフは仲が悪く、犬猿の仲というに相応しい関係。

毎日のように喧嘩をしていて、その度に、二人の一つ下のキリエはわんわんと泣いておったな。

それから二年の日が経った頃には、もう二人は互いを“相棒”と呼び合っておった。

儂がしたのは寝床を用意し、飯を作り、稽古をつけただけじゃ。

仲良くしろとも、喧嘩をしろとも何も一切の口出しをせんかった。

あの関係は彼らが答えを導き出し、自らの意志で結んだもの。

儂はその場をっただ用意しただけに過ぎない、ただの老い()れ。

だが、そんな儂でも皆の事を本当の家族だと思って接しておった。

ここで儂が死んだら、皆は悲しんでくれるじゃろうか?

イツツは武術面ではまだまだ未熟じゃが、誰にも負けないほどの優しい心がある。

ヒシメは自己美愛が過ぎるところもあるが、周りを見ていて気配りができる。

レオは単細胞ながらも、強い信念と強い拳がある。

キーフは不愛想ながらも、厚い情と信頼できる漢じゃ。

キリエは引っ込み思案ゆえに、とても堅実で慎重な性格をしておる。

皆、それぞれ欠点はあれど、余りある長所がある。

それを活かせば、儂が居なくても、それぞれ困る事無く生きていけるじゃろう。

いかん、もう死ぬ前提の語りになっておるわい。

儂には、まだ、やるべき事が残っている。

それを終わらせてからでないと、おちおち静かに寝ておれんわ。

身体の感覚はまだある。閉じた瞼を開き、状況を確認。


「これは酷いのぉ……」


周囲の景色は一面の木々。どうやら、森の奥まで吹き飛ばされてしまったようじゃ。

身体は木に深くめり込み、両手の皮膚は吹き飛んでボロボロ。

臓器の何個かも潰れておる。

自慢の笠もどこかにいって、長い耳とハゲた頭が目立ってしまうわい。

馬の白い手に弾き飛ばされたが、まだ辛うじて生きている。

手を構えられた瞬間、両手からエナジードで作った気盾(きだて)を展開。

エナの流れを読んだ者だけが使用できるという秘術。

現在、精霊界でこれを使える者は恐れく儂だけじゃろう。

身体が小さい分、ぶ厚く集中して張れたのが幸いし、

なんとか衝撃を軽減する事ができた。

並半端な防壁であったら、一瞬でバラバラになっていたのは間違いない。

ハマった身体を起こし、服の木くず汚れを払う。

木々が薙ぎ倒された方へと辿ると道が見え、荷台の残骸と人々の死体が転がっていた。

馬は儂にとどめを刺さず、荷台ごと人々を消し飛ばしている様子。

だが、不思議な事に荷台を引いていた馬は生きており、一部の怪我もない。


「まさか……」


狙いに気づいた儂は、サンデルへの道を辿り、奴を追う。

その道すがらはまるで地獄。弾けた臓物が木の枝にぶら下がり血を滴らせ、

割れた頭から脳が流れ出ている。女子供などへの容赦はない。等しく平等な殺戮。

そして、遠くにこの惨劇の元凶を捉えた。

今となって拳が震える。膝も笑っておる。先程の連撃をものともしない怪物を相手にするんじゃ、仕方ない。

武者震いという事にしておこう。

現在スネピハ周辺は精霊王の影響で精霊術が封じられておる。

もう少し精霊と仲良くしておくべきじゃったと今更後悔しても遅い。

シンシア様ほど大層な精霊術は使えぬし、レオたちのように特別な能力もない。

だが、儂にはこの数万年磨いてきた体術がある。大丈夫じゃ、自信を持て、儂。

あの化け物の様な少年にも驚かれる腕前。誇ってよいぞ、儂。

自身を励まし、馬車に向かって手を翳す異彩の馬を相手に拳を振り下ろす。


「うおおおおおおおおおおお!!!」


激しい衝撃とともに拳の一撃が馬の脳天に炸裂。

鈍い音を響かせ、地に伏せる。


「仰天。だが、軽微ナリ」


手が意志を持った一つの生物の如く、儂を狙い長く伸びる。

あれに掴まれた先の未来は視えない。

目を閉じ、全神経を自身の身体に張り巡らす。

音を感じ、匂いを感じ、空気を感じ、エナジードを感じ、気配を感じ、敵を感じる。

無機質な手だが、馬からドバドバと怒りの感情が溢れ出ておる。

ピリピリと感じるのは握り潰すという殺意。

口調は冷淡でも腸は煮えくり返っておる様子。

そこまで感情を出されれば、よもや、捕まる気がせん。

羽の様な巨大な両手の猛攻を身軽にかわす。

相手の動きが手に取るように分かる。

隙だらけの身体に一撃、一撃と確実に重い拳を叩き込んでいく。

効果があるようには見えんが、チクチクと攻撃されて

奴の苛立ちは最高潮の様じゃ。

痺れを切らし突如、手の動きが変容。

雰囲気も重々しく一変する。

これは出会い頭に使った技を出すつもりじゃろう。

目を開き、距離を取って次の攻撃に備える。


「憤怒。爆ぜよ、精霊人」


両手を翳すと手の先の空間が圧縮し、爆発。

空気を捻じ曲げ、連鎖的に範囲が広がっていくような気配を感じる。

近くに生えた木をへし折り、馬に向かって蹴り飛ばす。

真っ直ぐに飛んだ木は一瞬で爆ぜた。

先端から裂け、細々と木片に変わる。

周囲の木も透明な波に押し潰されるかのように弾けてゆく。

この広範囲の攻撃はかわせない。

覚悟を決め、木々を壁に気盾を展開。

木々はあっけなくへし折られ、気盾は打ち砕かれ、身体が無数に弾けた。

最初は複数の投石を喰らったような感覚と痛み。だが、次第に痛みは変わる。

肉を引き裂かれるような痛み。

皮膚が弾け。肉が抉れ。骨が砕ける。

まるで溶岩が体内で暴れているように細胞が熱い。

最初の攻撃の比ではない。当たれば最後。

空間を弾き、空気を弾き、木々を弾き、細胞を弾く。広範囲の衝撃波。

身体はもうピクリとも動かない。身体の感覚はもはや無い。

右腕は茂みに埋もれ、左腕は地面を転がり、

右足は跡形も無く消し飛び、左足は木片に埋もれておる。

生暖かい血が背中を浸らせ、どんどんと沼に沈む感覚じゃ。

バラバラに飛んだ自身の五体を虚無の感情で眺めた。

空に目を移すと淀んだ雲が覆っている。

今にも雨が降り出しそうだ。


「泣きたいのはこっちじゃよ……」


無意識に愚痴が零れる。

口だけはまだ達者に動くようじゃ。

あの馬に文句の一つや二つ言ってやろうと思う。

しかし、出てきたのは無念の言葉。


「悔しいのぉ。たったの一撃でこのざまとは……」


目尻から真直ぐ涙が伝う。

数千年生きれる種族でも所詮は人。

石で打たれても、刃で刺されれても、矢で射られても死ぬ。

精霊人とは脆い。身体とは脆い。命とは脆い。

自分の無力さを知る。エルフとして長く生き、日々鍛錬してきたが、

こんなにも簡単に惨敗するとは。

コツコツと(ひづめ)を鳴らし、馬は静かに儂を見下ろす。

圧倒的な威圧感。圧倒的な強者の出で立ち。


「紹介。我は“精天機獣”午の刻(サァジタリス)ナリ」


「精天機獣……聞き覚えがあるなぁ。ああ、こやつが例の未知の精霊獣……」


話に聞いてはおったが、ここまでデタラメな強さだなんて、想像もしておらんかったわ。

世界は広いなと自分に言い訳していると、身軽な足音はこちらに近づく。

援軍じゃろう。だが、奴には勝てない。

だが、誰かがやらねばならない。

それでないと、この先に都民は、無慈悲に殺戮されてしまう。

儂は奴と闘い、知り得た情報を来た者に託す。


「あの大きな手から放たれた見えない何かが、全てを弾く。

少しでも身体に当たったらそこで終わりじゃ。すまんが、後は……頼んだぞ」


「了解だ。だが、まだ死なせはしねぇよ、師匠」


よくできた弟子は、儂を片手で軽々と抱える。


やはり不愛想ながらも、厚い情と信頼できる漢じゃ。


愛弟子の一人、キーフは風のように颯爽と駆けつけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ