二十話 大きな手
三区でオーガの大群を相手に無双しているシンシアたち。
今のところ順調に倒し進めており、防壁もオーガでも簡単には壊せない強固な岩壁が完成。
避難誘導の方も予定していたよりも早く進んでいる。
そして、朔桜とシャーロンが生存し、二人で酉の刻を倒したという情報は衛兵が本部に伝え、皆が周知する事実。
四体の未知の精霊獣の一角を倒したという事もあり、指揮も上がりに上がっている。
何もかもが恐ろしいほどに順調だ。
現在、本陣では、用意できる限りの馬百頭と荷台百台を使い、隣町サンデルまで一時的に避難させている最中である。
サンデルまでの道幅は中部で次第に狭くなり、馬車がギリギリすれ違えるかどうかというレベル。
なので、馬一頭引きで大きな木箱に二十の人を乗せ運送。
スピードは遅いが、確実に多くの人を移動させる事ができた。
ポテが本陣テント内で次の計画を考えていると、一人の衛兵がテント前に立つ。
「ポテ様! お伝えがあります! お時間ございますか?」
「構わんよ。入りなさい」
入室を促すと、鎧を付けた若い衛兵が入ってくる。
「失礼します! 先程、先頭の馬車が無事サンデルに着き、避難民を受け入れを受諾して頂けたそうです!
順次、折り返して戻ってきております!」
「おお! それは良かったわい!」
ポテの懸念が一つ解消される。
それでもまだ、二つ問題がある。
一つは、避難民の多さ。
武の心得ある者は武器を持たせ、いざという時の戦力として残し、
武に心得のない者は子供、怪我人、女性、老人、男性と順序を決め、
既に四、五十の馬車を送り出す事に成功。
これはポテと二区衛兵長サビーの優秀な指揮のもと、素早く運送作業を進めた結果である。
だが、避難民は後を絶たない状態だ。
「どうしたものか……」
ポテが腕を組み地図とにらめっこしていると、全身黒い鎧に身を包んだ者が入ってくる。
「お悩みのようだな。ポテ殿」
黒竜を模した黒い竜兜。兜で籠る声は性別の判定が出来ない。
素肌が見える隙が一か所もないほど、徹底された黒竜鎧を身に着けた人物こそ、二区衛兵長サビー。
プライドの高い貴族の都民達からも、一目置かれるほどの大金持ち。貴族オブ貴族。
「二区長殿か。うむ、今の形態のままでは、避難民が百水門前に溢れてしまう。
いち早く都民を、安全なところに逃がしてやらねばならぬのに……」
唸り込むポテを見て、サビーは数秒と経たず返答。
「ならば、馬二頭引きで台車を縦に二つ繋いで台車を引かせるしかあるまい。
サンデルまでは急な曲道はない。距離が詰まる分二倍の速度で回せるはず」
「確かに。そうする他に方法は無いかもしれんのぉ。
今の話聞いておったか? 今空いている馬車から急ぎ、馬二頭引き二台縦繋ぎに変更を!」
「はっ!」
若い衛兵は指示を聞いてテントを飛び出して行く。
「やはりここ周辺の地形に詳しい者が本陣に残ってもらって良かったわい。
儂もその手を考えていたが、なかなかゴーサインを出せんくてのぉ」
「私の知識が役に立ったのなら良かった」
サビーは鎧のぶつかる音をたてながらポテの横の椅子に腰かけ、
水樽からカップに水を注ぐ。
そして、兜を外さないままサビーは器用に水を飲む。
ポテはその様子を興味津々に眺める。
「随分と器用じゃのぅ。ここは戦場ではないのだから取って飲めばよかろうに」
「私は勤務時は常にこれですので。お構いなく」
「お主は前線で戦わなくて良かったのか?
それほどの鎧を持つのじゃ、本当は暴れとぅて仕方ないじゃろ?」
「いえ、後方で都民の命を守る。それが私の使命なので」
自分の胸を叩き、強い信念をアピールする。
なんと立派なものだろう。
そして、ポテの懸念のもう一つは敵の戦力。
おおよその敵の数は掴めているが、敵の強さは未知数。
生存者救出作戦にて、オーガの大群は確認できたが、
今だに多種多様な精霊、精霊獣は現れていない。
そして、頭抜けて強い未知の身体の精霊獣。
朔桜の情報だと“精天機獣”と名乗る機械の精霊獣である。
スネピハ襲撃の際、数万の衛兵誰一人として一太刀も浴びせる事が出来なかったそう。
それほど圧倒的で、超越した存在だとポテは認識して危機を感じていた。
馬を二頭引きに変更し、荷台を増やし進めて数十分。
その危機というものは、突如として襲い来る。
二人が避難民の誘導後の計画を立てている最中、突如、ポテの全身に異様な圧がのしかかる。
「っ! なんじゃ今のはっ!?」
違和感にはいち早く気づいたが、事態は一瞬の出来事だった。
外で資材が砕ける派手な音が響き、山が動いたと錯覚するような振動が襲う。
直後、聞こえてきたのは都民の阿鼻叫喚。
ポテが外に出て丘下を見渡すと、サンデルへの希望への待機列は、絶望へと変容していた。
台車は木端微塵に砕かれ、おぞましい大量の血の海と破裂したかのように飛び散った見るも無残な大量の死体。
五体はバラバラ。もはや殆どが人の形をとどめていない。
人々は突然の虐殺に混乱し、ただ叫び、逃げ惑っている。
生き残っているのは、馬車を引いていた数頭の馬と見た事もない血に塗れた奇妙な馬だけ。
「たった一瞬で一体……何が起こったんじゃ!?」
ポテが愕然としていると、一部始終を見ていた先程の若い衛兵が駆け寄り、地面に額を擦って跪く。
「ポテ様! どうかっ! どうか奴をっ!」
「何が起きたのじゃ! 先に現状を説明せい!」
「あぁ……殺されるっ! 殺されるぅ!!!」
衛兵は錯乱していてまともな会話にならない。
「よい、寝ておれ」
ポテは衛兵の後頭部を叩き、気絶させる。
「緊急事態じゃ。サビー殿は急いで三区の皆に援軍を要請してくれ!」
「わっ、私ですか!?」
「他に誰が居る! 儂はすぐに現場に向かう! 頼んだぞっ!」
ポテは急いで丘を駆け下り、悲劇の地に立つ。
辺りにはエナが舞い、木片とともに幾人かの死体も残っている。
ポテは歯を強く噛み締め鈍い音を鳴らす。
そして、目前に明らかに異彩を放つ奇妙な馬が凛として立つ。
真っ白い瞳に黄土色の肉体。
無造作に広がった立派な金の鬣。
各所に罅が入った機械の体。
腹部の機械にはぽっかりと小さな穴が開いている。
そして、馬には存在しない大きく白い歪な手。
異様な存在なのは一目で分かる。
「随分派手に殺してくれたのぉ。お前さん」
ポテは声で威圧するが、まるで臆する様子は無く馬は笑みを浮かべる。
「解放。確認。正義継続。」
ポテを相手にする気は更々ない。
視線の先はただ一つ。狙いは馬車だ。
「これ以上好きにはさせんよ!」
ポテは飛び出し、会撃の掌底を馬の顎にお見舞いする。
そして、怒涛の連撃。常人の感覚では追いつけないほどの瞬撃。
豪速の拳が馬の身体に炸裂する。
だが、手ごたえは皆無。
「こやつ、全く効いておらんのかっ!?」
微動だにしない馬の反応に驚きを隠せない。
静かに動く歪な扇のような手。
「軽微。爆ぜよ、小さき者」
翳された刹那、大きな破裂音とともに空気が弾ける。
ポテの体はたったの一撃で消し飛ばされた。




