十七話 取捨選択と意思疎通
避難所市民の一斉避難が始まった。
ノアの仕事は負傷者の運び出しだったが、
朔桜が全員を動けるほどに回復させたので、その仕事は無くなった。
「本当に朔ちゃんが無事で良かった!!
心配したんだよ。精霊王に殺されてないかって」
「何度か死にそうになったけどなんとか生きてるよ……」
ゲッソリとしたやつれた顔で肩をすくめる。
「本当に朔ちゃんはゴキブリみたいにしぶといね!」
「ねえ! それ褒めてる!?」
二人は数日ぶりに慣れ合う。
互いの生存を喜ぶように。
強敵が現れたという報告も大きなハプニングも起きてきない。
朔桜とノアは個室でそれぞれの経緯を説明する。
精霊王の腕を治さず、“精天機獣”酉の刻を撃破した事。
スネピハが一夜で落され、ロードは意識不明のまま鍛錬場で寝ており、ここには来ていない事。
スネピハの生存者に協力し、精霊王を討つ作戦中だという事を。
「そんな……事になっていたなんて……」
「朔ちゃんも大変だったんだね。まあ、とりあえず、鍛錬場に戻ってロードくんを治療しよ!
ロードくんが居ないと始まらないし」
ノアは最善の手を提案。
しかし、朔桜の表情は渋い。そして、バツが悪そうに目を逸らす。
「え、えっとね……。ついさっきの治療~でね……。
あの~~……エナすっからかんになっちゃった!」
ノアは黙って首を傾げる。
「あんなに沢山エナを溜めてたのに?
ロード君にいざという時のために溜めとけって言われていたのに?
そして今がそのいざという時なのに?????」
ノアは笑顔で朔桜をまくし立てる。
表情を動かさず、目は濁ってハイライトがない。
「あう……」
そのあまりの圧に朔桜は委縮する。
精霊王を倒すにはシンシア一人だけでは太刀打ち出来ない。
ロードの存在は必要不可欠。
精霊王と一戦交え、ノアはそれを痛烈に実感していた。
「朔ちゃんはさ、お人好しすぎるよ?
ロード君はそのお人好しに救われた身だから、強くは言わないんだろうけど、
ノアはさ、役にも立たない人を回復させる義理も意味もないと思うんだけど?」
いつもと違う冷たい口調。
それは初めて竜宮城であった時を思い出させる。
「そんなっ! みんな生きているんだよ!? 私なら助けられるんだよ!?」
非情なノアに考えに反論し、朔桜は椅子から身を乗り出す。
「先の事を考えると価値あるべき人を最優先にするべきだと、ノアは考えるよ」
「目の前に苦しそうな人がいたら、助けちゃダメなの!?
その先の有能な人のために見捨てるの!?」
朔桜は感情を高ぶらせる。
「限られたエナの量なら仕方のない事だと思うよ」
ノアの考えは揺るがない。だが、朔桜はその考えを揺るがせる言葉を持っていた。
だが、あまり気が進まない。言うか言わぬか迷う。
ノアの考えは感情がない効率論だ。
だが、そこに感情余地を入れたらノアはどう感じどう答えるのだろうか。
朔桜は意を決し、ノアを心を試す。
「じゃあ、もし……そこ倒れているのが……まちかぜ園の子供たちだったとしても?」
朔桜の言葉にノアは固まる。
他人を見捨てて、有益な人を助ける選択が
子供たちを見捨てて、有益な人を助ける選択に変わったからだ。
「子供たちは術も使えなければ能力もない。戦えない。
弱くて戦力にならないからって、ノアちゃんは子供たちを見捨てられるの!?」
「そ、それは……」
視線を下げ、たじろぐノア。
その姿を見て一気に攻めに転じ意見をぶつける。
「見捨てられないでしょ? それは子供たちの事が好きだから。だよね。
でも、一般の人達も同じだよ。術も使えなければ能力もない。戦えない。
弱くて戦力にならないかもしれない。でも、私たちと同じ。みんな、生きてるんだよ。
生きようとしているんだよ。そんな人達を、私は見捨てられない。絶対に見捨てない!」
朔桜の強い言葉。
その言葉を聞き、ノアの中で何かが変わる。
内の閉ざされた扉が開き、新たに知らない感情が生まれる。
「そんな目先の事だけ考えが、あってもいいの?」
信じられないという顔で大きく見開いた目で朔桜の顔を見つめる。
朔桜はそんなノアに笑顔で微笑み、真剣で強い眼差しで見つめ返す。
「いいと思うよ。私はみんなほど強くないけど、傷を癒す事は出来る。救う事が出来る。
だから自分の出来る事は目先の事から精一杯したいんだ」
「そんな、感情だけで動いてもいいの?」
「いいと思うよ」
「ロードくんはきっと、最低効率だって言うよ」
「ははぁ……ロードならそう言うだろうね。今まで全て最善の手で行動してきたから、彼の考えはそう変えられない。
私はお人好しで目先の人から助けちゃう最低効率な存在。
そういう性格だからこそ、ロードは私に宝具を預けているんだと思うんだ」
「どういう事?」
「私の予想だけど、ロードも内心では出来る限りの人を助けたいと思っているんじゃないかな。
でも、そんな事は不可能で、全てを救うなんて事できないって考えが行動を邪魔しているんだと思うんだ。
だから目に入るモノを見捨てなくても済むように私に回復役を任せたんじゃないかな?」
「ロードくんそんな器用な性格かな~?」
ノアは考えすぎだと笑う。
だが、朔桜は大真面目。
「私には不思議だけど分かるんだ。ロードの考えている事」
「じゃあ、今ロードくんは何してると思う?」
胸に手を当て目を瞑る。
するとロードの気持ちがまるで流れて来るかのように朔桜に伝わる。
「ふふっ、そんなの簡単だよ! 私の事、心配してると思うよ☆」
朔桜は自身満々でそう微笑んだ。




