十六話 聖女誕生
「よしっ……っと」
朔桜は、酉の刻の残骸から溢れ出た、大量のエナを宝具【雷電池】に吸収する。
精霊界に来て、今までで一番のエナ収集量。それほどの強者だったという事だ。
酉の刻相手に、朔桜とシャーロンが勝利を収める事が出来たのは奇跡に近い。
結局、機体にはかすり傷一つ付ける事は叶わなかった。
掌に核という弱点が無ければ、勝つことは不可能。今回は幸運に恵まれていた。
「朔桜。酉の刻に勝てたのは貴女のおかげよ。本当に……ありがとう」
シャーロンは、深々とお辞儀する。
「や、やめてください! 倒したのは紛れもないシャーロンさんですよ!
私じゃ、囮になるくらいしかできなかったです」
「謙遜しないで。貴女がいなければ、私は倉庫で死んでいた。
それに、恥ずかしながらあの時は心も折れていて生き残る事すら考えていなかった。
貴女の勇気で目が覚めたのよ」
シャーロンは弱々しく笑う。
「正直、あれは賭けだったんです……。私の存在であの手が必ずしも暴走するとは限らなかったし、
アーガハイドの腕で止まってくれるとは限らなかった。
そして、黒い宝石が核だという保証も無かった。
この三点全てが、狙い通りに運んでくれたのが良かったんですよ。
それより、凄い事になっちゃいましたね。港……」
朔桜の菖蒲色の目に映るのは悲惨な港の現状。
地面は荒れ果て、吹き飛んだコンテナの破片と炎が舞う。
生活用品を保管する大きな倉庫は、丸々一棟吹き飛んだ
戦いの爪痕は大きい。物資運搬の倉庫として再開するには相当の時間を要するだろう。
「これぐらいで済んで良かった方よ。
私たちが負けていたら、スネピハの人達は
アレに成す術もなく蹂躙されてたでしょうね……。
でも、精霊王を倒さない限り、この都市に本当の平穏は訪れないわ」
シャーロンはその言葉を、自分に言い聞かせるよう強く声に表したのだった。
港の火はティアリオーネの力を借り、河の水で鎮火。
消費した分のエナは朔桜の宝具で万全に回復させた。
「これ、どうしましょう……。捨てた方がいいでしょうか?」
朔桜はアーガハイドの右腕の小指を摘まみ、プラプラ揺らす。
「また何かの役に立つかもしれないし、不要ならば私が預かっておくわ。見たところ、入れ物も持って無さそうだし」
「すみません……。じゃあ、お願いします」
渡された腕をシャーロンは自分の腰に紐でしっかりと結び付けた。
「シャーロンさんは、これからどうするんですか?」
「私は近くの避難所に一度寄って現状の報告をするわ。
その後はまた、調査に出る。先に言っておくけど、調査には連れて行かないからね?」
「あははぁー先読みされてるー。じゃあ、避難所まで一緒に行きます」
二人は一番近くの避難所である市民館のような大きな建物に移動。
衛兵四人が武器を携え、入り口を厳重に守っていた。
シャーロンが近づくと衛兵たちは一斉に敬礼する。
「これは、一区長様!」
「皆、楽にして聞いて。
先程、四区の港で例の未知の精霊獣の一体。黒鳥を討ち取ったわ」
衛兵たちは歓喜の声を漏らす。
「この事は四区衛兵長補佐、コトリバチにも伝えて。そして多くの市民の耳にも入れて言ってほしい。希望は、まだあると」
「直ちに!」
衛兵たちは散会し、各所に事情を説明しに向かった。
「さあ、入りましょう」
重い扉を開くとそこには、隙間の無いほど多くの負傷者が並べられていた。
肩を砕かれた者。足を喰われた者。意識がある者も居れば、意識すらない者も居る。
「ひ……酷い……」
その惨状を見て、朔桜は開いた口を覆う。
「これが……今のスネピハの現状よ……」
「今すぐ回復させないと!」
「それで怪我人全員を治療出来るの?」
「エナ……っと、エナジードが足りれば大丈夫です!」
「怪我人は……ここに居るだけじゃないの。
後、四箇所の避難場所にも沢山運び込まれている。
当初確認した段階で、三万人は居たわ」
「三万……人……っ?」
「その反応だと流石に全員は無理みたいね……」
「正直、足りるか分かりません……。でも、みんなが自分で動けるくらいには治療できるはずですっ!
やれるだけやってみますっ!!」
「お願いするわ。でも、貴女自身、無理はしないでね。
また会えたら会いましょう。私の戦友さん」
「はい! では、気をつけて! いってらっしゃい、シャーロンさん!」
シャーロンの言伝で朔桜には女衛兵二人が付き、治療をサポート。
それから朔桜は、丸一日、寝ずに治療を続けた。戦闘での疲れもまだ残っている。
外傷は癒えても精神の疲弊は回復できない。
それでも、一分一秒でも多くの人を救う事を選んだ。
その甲斐あってか、朔桜が来て以降の市民館に集められた怪我人は誰一人死ぬ事なく、
失った肉体を取り戻し、自分の力で歩ける程に回復した。
そして、その献身的な行いと治癒の力はいつの間にか風の噂で多くの市民に広がり、
朔桜は“聖女様”と呼ばれるようになっていったのだった。




