十五話 死か生か
希望の先の絶望。未来への大きな障壁。“精天機獣”酉の刻。
立派で大きな両翼は焼け落ち、艶めく羽は灰すら残らずも塵果てた。
もう大空を舞う事も、黒い閃光で蹂躙する事もできない。
鳥の姿を失い、機械の剥き出した華奢な機体。
左右に生えた分厚い鉄棒から無数の手が蠢いている。
その無機質な身には、一つの傷すらない。
港が消し飛ぶ大爆発でさえ、倒すに叶わない怪物。
脅威なのは、皮が焼けてもなお、二人の前に立ち塞がるその生命力。
そして、あの一手一手が放つ、人の身などいとも容易く砕く重い一撃だ。
対するは人間と精霊人の二人。
精霊王にせっかく鍛えた精霊術を封印され、宝具で回復するサポートしかできない並木朔桜。
そして、剣技を突き詰め、王城、城下の一区長に選ばれるほどの実力者。一区衛兵長シャーロンだ。
先に言葉を発したのは酉の刻だった。
「存命。身ハ焼ケ落チタガ、コノ身ハ無傷」
炎に包まれながら、奇怪な動きで地面を二人に近づいてゆく。
大きな手の指先が朔桜を指す度、背中の手は暴れ狂う。
怨念。私念。憎しみ。復讐。
あらゆる負の感情が朔桜の命を求める。
「絶命。覚悟。」
背中の手々を二人目掛け下ろす。
ティアリオーネは瞬時に二人を囲んで、蛇のように素早く次々と攻撃を回避。
「不快。」
苛立った多数の手は、地面を激しく砕き、ティアリオーネの動きを鈍らせる。
「ティア! 分離!」
シャーロンの掛け声でティアリオーネは二つに分離。
片方は朔桜を逃がし、シャーロンは精霊装備『夢御伽』にティアリオーネを宿らせる。
酉の刻は飛び掛かるシャーロンには目もくれず、朔桜を必要に追い回す。
「ひぃいい!! なんで私ぃ!?」
「どっちを見てるのよ!」
無視されたシャーロンが剣を振りか翳すと大きな手は動きを止め、貝が身を隠すかのように拳を握る。
「水廟!」
剣は拳にあっけなく弾かれたが、それ以上の情報を手に入れた。
明かに今の行動は不自然。剣が通らないのであれば、動きを止めてまで守りに入る必要はない。
その間にシャーロンは朔桜が隠れたコンテナ裏まで後退する。
「今の見ていた?」
「はい、攻撃した時、動き止まりましたね」
「攻撃が効かないなら守る必要はないはず。何か違和感を感じるわ」
「掌の黒い石、あれが核なんじゃないですか?」
朔桜の何気ない一言にシャーロンは驚く。
「それよっ! 確かに奴は掌を守るような素振りだったわ! なんで気が付いたの!?」
「(ゲームの設定でよくあるので! なんて言えないよ……)簡単に言いますと……勘……ですかね!」
朔桜は目を逸らす。
「勘……。貴女、戦闘の才能あるのかもしれないわね」
「え、いや、嬉しくないです……。それより、なんか私、さっきからめちゃくちゃ狙われてます?」
「そうみたい。必要以上に追っているわね。怒らせるようなしたの?」
「いえ、覚えはないです……。でも、あの大きな手が出てきてから
明らかに挙動がおかしくなった気がします!」
「確かに。あの大きな手が朔桜を捉えると、小さな手が暴走するみたいね」
それを聞いて朔桜は策を閃く。
「一つ、提案があります!」
朔桜は少ない時間で作戦をシャーロンに伝えた。
二人を見失った酉の刻は、周辺のコンテナを虱潰しに押し潰してゆく。
距離はすぐ傍まで迫ってた。
「朔桜ちゃん本当にいいの? 貴女の役は相当危険よ? 下手したら……」
「大丈夫ですっ! それにこの方法しかアレから隙を作る方法が浮かびません」
「隙を作るのにが成功したとしても、必ずしも倒せるとは限らないわ。あまりに不確定すぎる」
「それでも、やります。」
朔桜の意志は揺るがない。その眼は不安を映していない。
完全なる勝利を見据えていた。
自分が失敗すれば朔桜は死ぬ。
この区に避難した多くの人々も、酉の刻の犠牲になる。
シャーロンは腹を括る。
絶対に失敗しないと。
「必ず壊すところまでは至らせる。でも、その後は……神次第」
朔桜は静かに頷く。
覚悟を決めた二人は、所定の位置に着く。
「この鳥――あ、もう鳥じゃなかった……ロボー! こっちまでおいでっ!」
朔桜は両手を振り、大声で自信に狙いを引き付ける。
気づいた酉の刻は、一心不乱で朔桜目掛け
小型の手で大地を砕き、暴走列車の如く突き進んでゆく。
「ひぃぃぃ怖いぃぃぃぃっ!」
手で移動する事に慣れてきたのだろう。
先程よりも動く速度が上がっている。
朔桜は急いでティアリオーネの中に入り、素早く移動。
港に円を描くように大回りで一周。
「もう少し! 頑張ってティアリオーネ!」
目的の場所に着いた。
ここは爆炎で勝利を確信した場所。朔桜とシャーロン二人でティアリオーネに入ったところだ。
そして、朔桜はその場にただ一人で佇む。
「観念。」
とどめを刺すのは、朔桜を見ると暴走する小さい手ではない。
振り下ろされるのは、唯一理性のある中心から生えた一番大きな手。
それが迫り、拳を握る寸前、朔桜はあるものを取り出す。
「これが何だか分かる?」
精一杯の引きつった笑み。
彼女が真っ直ぐ突き出したのは、あの精霊王アーガハイドの右腕。
「不敬。ソレハ、我ガ王ノ――」
自分の主の腕を潰すまいと、酉の刻が動揺し、停止する。
その刹那、爆発で砕かれた地面の瓦礫から一閃が飛び出す。
心を澄まし、剣を突き立て、狙いを定める。
一点。掌の黒々輝く宝石。ただ一点。
「夢幻白夜!!」
夢御伽にティアリオーネを宿らせ、
水の如く自在に形を変える無限の剣。
シャーロンとティアリオーネの最大にして最強の大剣術。
五倍近く伸びた細い閃光のような剣。
その一撃を酉の刻はその強固な指で阻んだ。
無論、傷一つ。かすり傷一つ付かない。
「悲哀。ソノ一撃ハ、アマリニ軽イ」
「やっぱり、ね。真っ向勝負では、あなたに遠く及ばない。
騎士として、負けは認めましょう。でも、精霊人として
生きるモノとして……私達は勝つ」
剣は溶けだす。水のように。
剣は流れる。水のように。
指の隙間から浸水し、掌に滑り込んで染み渡る。
「さようなら。酉の刻」
ティアリオーネが掌の宝石を砕く。
これが核であるのなら、朔桜、シャーロン、ティアリオーネの勝利。
これが核でないのなら、酉の刻の勝利。
互いに固唾を呑み状況を窺う。
そして、静寂の中一言放ったのは、酉の刻だった。
「栄誉。精霊人ヨ、見事ナリ」
その一言で、この長い苦戦の勝者が決まった。




