十二話 港の黒鳥
私は自己紹介を済ませた後、
精霊王と会ったところから、今までの経緯を全て、シャーロンさんに説明する。
彼女は食い入るように前のめりになりつつ、
話の端から端まで、真剣に聞いていた。
すごく甘くていい匂いだったし、綺麗な顔が近くて、一生分の瞬きをした気がする。
正直、キスされるんじゃないかという距離感で
終始ドキドキしていたのは、ここだけの秘密だけど……。
「なるほど。じゃあ、朔桜ちゃんはその仲間たちのもとに戻りたいのね?」
「はいっ! あっ……そうだ!」
仲間たちというワードで、ロードから貰った魔導具『黒鏡』で
ロードかノアちゃんに通信ができる事を思い出した。
「黒鏡でっ……ん? あれ? あれっ???」
身体のあちこちを探るも、黒鏡の感触がない。
さーっと血の気が引く。
「あ……れ……? まさか落とした……?
あの、私と腕の他に、落ちていたモノはなかったですか!?」
「えっと……貴女を助けるのを優先してたから……」
「そう……ですか……」
落下の最中に黒鏡を落としてしまったらしい。
ロード、ノアちゃんに連絡が取れない。
それにロードに会ったら絶対、長ったらしく文句を言われるなぁ。
その姿が目に浮かぶよ、とほほ。
「はぁ……」
深い溜息が漏れる。
「た、大切なモノだったのね。拾ってあげられなくて、ごめんなさいね」
「い、いえ、助けていただいただけでも有難いです!! 気を遣わせてすみませんっ!」
命の恩人に要らぬ気を回させてしまった。反省、反省。
連絡は出来なくとも、私はみんなが来てくれる事を信じて待つ。
「とりあえず、今のところ一番安全な四区の港に行くわ。
そこで下ろしてあげるから、衛兵の指示に従って避難して」
「えっ? シャーロンさんは?」
「私は一区衛兵長だもの。また戻って、一区を奪還する策を考える」
「なら、私も!」
「朔桜ちゃんの精霊は精霊王の《王の号令》に抗えたの?」
「あっ……。そういえば、精霊術使えないんだった……」
「精霊との親和性が高くなければ、奴の力には抗えない。
契約精霊は奪われ、朔桜ちゃんの中にはもういないわ」
「そんな……」
「せっかく拾った命。大事に使いなさい。ほら、港が見えて――――っ!」
シャーロンさんは話の途中で勢いよく立ち上がり、戦闘態勢に入る。
視線を先を追うと、港で多くの兵士さんが何かと戦っている。
その相手は、漆黒の羽を散らす巨大な黒鳥。
カラスというにはあまりにも大きい。
「シャーロンさん! あれがついさっき話に出した、背中から手がいっぱい出るでっかい鳥です!」
「あれが……」
喉を鳴らし、唾を呑むシャーロンさん。
それだけ強力な相手という事なのかもしれない。
思い返せば、今までの相手が異端だった。
片手一つで街を全壊させる山を束ねた大地の巨人。
常識を逸脱した数日で世界を壊せる怪魚。
広大な精霊界を支配した精霊の王。
ロードたちとずっと行動していたからか、強さの感覚が麻痺していたけど……。
人類にとっては、アレは紛れもない脅威。
黒鳥は力強く羽ばたき、羽を舞い散らす。
散った羽は黒い閃光となり、兵士さんたちの鎧を容易に貫いてゆく。
弓矢で応戦しているが、攻撃が効いているようには見えない。
大翼が空を覆う。静かに、そして不規則に。
舞い散る羽は黒い閃光となり、雨のように降り注いで兵士さんの命を一人残らず奪い去った。
あんなの、もう戦いなんかじゃない。一方的な殺戮。
私は自分の無力さを実感し、唇を強く噛む。
シャーロンさんは静かに俯き、まるで怒りを溜めているようだった。
「着いたわよ。ここから道沿いに進めば一際大きい青屋根の倉庫があるわ。
そこが今、避難所になっているから。元気でね、可愛いお嬢さん」
「シャーロンさんは……」
「一緒に行けなくてごめんね。
あの惨劇を見て黙っていられるほど、私の心はまだ、折られてはいないよ」
鋭い眼光で大鳥を見据える。
間違いない。アレと戦う気のようだ。
「私も行きますっ!」
「有難い申し出だけど、精霊術が使えないなら、残念だけど、足手纏いよ」
冷たい言葉。
でも、これは以前にも覚えがある。
“相手を思いやる冷たい言葉”だ。
「一緒に戦う事はできないけれど! 戦いの手助けはできますっ!」
ペンダントを取り出しシャーロンさんに当てた。
光が彼女を包み込み、精霊術で使った分のエナを戻す。
「エナジードが……回復した!?」
「はい。エナを回復だけでなく、怪我も治せます」
自分の切り傷を治し実演してみせる。
「私はこれでアシストするので、思う存分戦ってください!!」
「この力があれば優位に戦えるけど……ものすごく危険な戦いよ?
守る事も出来ないかもしれない。それでも、貴女は力を貸してくれるの?」
最後といわんばかりの意志の確認。
真剣な眼差しが、しっかりと私の眼を見る。
私は強く頷いた。
「もちろんっ! 一度助けられた命ですっ!
思う存分使ってくださいっ! 二人で、必ず生き残りましょうっ!」
ロードからは、厄介事に首を突っ込むな! と口酸っぱく言われているけど、
命の恩人がたった一人で、あんな危険な存在と戦うのは、やっぱり看過できないよ。
「分かった。朔桜ちゃんは、そこのコンテナ裏に隠れていて。
私が負傷、エナ切れをしたら、ここまで後退する。
そしたら、回復をお願い!」
「了解しました!」
言われた通り、大きいコンテナの裏に身を隠す。
港という事もあり、周囲には色とりどりのたくさんのコンテナ。
それと、コンテナを引き上げるクレーンのようなものがたくさん聳え立つ。
少し離れた場所には、赤い屋根の小さい倉庫一定の間隔を空け、一列に並んでいる。
港の門らしきものは下ろされていて、大河の流れは滞っているみたい。
周辺を確認している間に、シャーロンさんは黒鳥の前に堂々と立つ。
兵士さんたちのエナを吸収し終え、黒鳥はまん丸な深紅の目で彼女の姿を捉える。
「一区衛兵長シャーロン! いざ、参る!」
彼女は長剣を構えて、巨大な黒鳥に挑む。




