十一話 私、再び飛びますっ!
こんにちは、朔桜です。
毎回捕まっている気がしますが、今回はしょうがないんです。
敵は今までと格が違う強さみたいで、《無常の眼》を使ったロードや、
力を解放したシンシアさんすらも凌駕するほどの相手。
かつて、精霊界を支配していた精霊界の王アーガハイド。
ロードが瀕死になりながらも、右腕を落としたものの、
アーガハイドが従えた圧倒的な精霊、精霊獣の軍勢により
私たち一行は為す術なく、敗北した。
そして、私は今回の戦利品として大きな黒い鳥に捕まり、
アーガハイドの腕を治すために、水都市スネピハの王城に連れて来られてしまった。
私が起きた頃には、スネピハは陥落し、階段上の玉座にアーガハイドが座っていたのでした。
「目覚めたか」
不気味な白い眼光は玉座から
私を見下し、しっかりと捉えている。
「えっと……はい、おはようございます……」
とりあえず、怖かったので丁寧に挨拶をしておく。
「さあ、我の腕を治せ」
アーガハイドは私の前に自分の千切れた右腕を放り投げ、
腕が綺麗な絨毯を滑り、私の膝先に当たる。
熱はなく、微かに冷たい。
恐る恐る千切れた腕の小指を、親指と人差し指で摘み上げる。
腕の重みでプラプラと振子のように揺れ動く。
体温のないゴムみたいな感触だ。
「王の腕ぞ。丁重に持て」
「あ、はい! ごめんなさい!」
バッチいモノを掴む手つきが気に入らなかったのかやや口調が強い。
それに驚いたせいで咄嗟に手を放してしまい、腕はべチッと音をたて床に落ちた。
「…………早く治せ」
今の間は絶対に怒っている。
いや、怒らせてしまったが正しいか……。
治してしまったが最期。
刹那にして、殺されるだろう。
助けを待つにも、今回ばかりは望み薄だ。
どうにか、一人で乗り切るしかない。
「あの――――」
言葉を発した瞬間、耳足の脹脛熱くなった。
太い注射を打ち込まれたような痛みが走る。
足には雑に折られた木片が突き刺さっている。
痛みに悶え、蹲りながら破片を引き抜き
すぐに胸元から出したペンダントを握る。
身体が光に包まれ、貫かれた脹脛の細胞がみるみる戻ってゆく。
玉座の肘掛け部分が欠けている。
木片は常軌を逸脱した握力で握り潰された玉座の肘掛けの部分だろう。
今も人間界で勉学に勤しむ同い年の女学生なら、おそらく痛みに泣き叫び、気を失っている。
鍛錬所の滝行のおかげで、私は特殊な感覚が備わった。
よく言えば、痛みを過敏に感じなくなった。
悪く言えば、感覚が麻痺しているのだ。
神経と肉体の共有がオンオフができるようになれば、一人前だそうだが、
私は中途半端な状態なので、常にオフのまま。
でも、今回ばかりは正直助かったかもしれない。
「発言は許さん。ただ、治せばよいのだ」
私はこれ以上刺激しないように静かに頷き、腕を拾って玉座まで歩いてゆく。
足は既に完治した。もう普通に立って歩ける。
だけど、わざと攻撃を受けた足を引きずり、時間を遅らせる。
一秒でも時間を多く稼ぐ。
その間に考えなきゃ。頭を使わなきゃ。
まずは、状況確認。
ここに王座があるという事は、お城で一番高い場所だろうか。中心部だろうか。
私の後方に木製のドアがあった。あれがこの部屋唯一の出入り口。
でも、背を向けて、走って逃げきれる距離ではない。
それに不審な行動をとれば、打ち抜かれるのは必至。
次は一部とはいかず、片足が消し飛びそうな雰囲気。
左右には肖像画が飾ってある。あれが本当の王様なのだろう。
絨毯の何か所かに微かに黒い染みだまりがある。あれは恐らく……。
今、は脱出する事を優先に考えなきゃ!
アーガハイドが座る玉座の後ろには、大きなステンドグラスがある。
距離もそんなに遠くない。椅子から五歩程度で届く。
不意を衝いて逃げるならあそこしかない。
外光が入ってきているという事は、今は朝か昼。
高さにもよるけど、ワンチャン生きれるかな?
即死さえしなければ、私の宝具【雷電池】で完治できる。
小さな数段の段差を上り、玉座の前に着いてしまった。
もう時間稼ぎは出来ない。
スネピハの玉座に堂々と座っているのは偽りの王。
威圧感が凄い。とにかく、すごい。
でも、一か八かやるしかない。
何度か深呼吸を繰り返し、大きく息を吸った後、人差し指に意識を集中。
ステンドグラスを指差し、雷の精霊術を唱えた。
「エレザード!!」
しかし、何も起こらない。
精霊術を間違えた?
そんなはずない。鍛錬所で何度も、何度も練習したのに。
「エレザード!!」
ダメもとで唱えるも、やはり何も起こらない。
「貴様は精霊王の前で精霊を使えると思っているのか?」
「っ! でもシンシアさんは――――」
アーガハイドは一瞬で私の首を掴み、片手で持ち上げる。
息が出来ないほど苦しい。血管の血が滞っているのが分かる。
「精霊術も、発言も、我は許可していない。
この糸ほどの首、千切るにはあまりに容易いぞ」
アーガハイドの言葉なんて頭に入らない。
でも、私は、これが最後のチャンスだと思えた。
咄嗟に、ペンダントを掴んでアーガハイドに近づける。
これは心が折れての“治癒行為”ではない。
私の答え、それは“明確な拒絶”だ!
バチンと激しい音をたて、アーガハイドが弾き飛ばされる。
それはロードやステン・マイスローズの時の比ではない。
「なにっ……我に傷を……」
アーガハイドは自分の手を見て呟いていた。
その手には火傷のように赤く腫れた傷が残る。
なんにせよ、今が最大のチャンス。
アーガハイドの腕を拾い上げ、ステンドグラスに向けて投げ飛ばす。
「どっせーーーい!!」
アーガハイドの腕がステンドグラスを盛大に破壊。
一枚ガラスを大破させるなんて相当頑丈な腕……さすが、精霊王の腕……。
色とりどりのガラスの破片は光を浴びて輝き、外への道を作る。
下は一面の水。高さは……すごい高い。あー、もうなるようになれっ!
「朔桜、ネオジャ―――――ンプ!!!」
王城から躊躇なく飛び出した。
パラシュートなしのスカイダイビング。
思った以上に滞空時間が長い。
そのせいもあってか、水面に叩き付けられる恐怖も増す。
昔、何かの本で読んだ。
水面に着地する時は、つま先から突き刺すように入ると。
お尻に力を入れ、頭を水面に打ち付けないよう足からの入水を計る。
しかし、水面の距離後僅かのところで、頭の重さで重心が前にズレてしまった。
反回転してしまい、140km近い速度で背中から落ちる事になる。
そうなれば、高層ビルから地面に叩き付けられるのと変わらない。
「あ。死んだ」
死を覚悟したその時だった。
「ティアリオーネ!」
激しい風音に紛れて、女性の声が聞こえた。
激突の痛みも衝撃もない。
それどころか、急激な重力も、うるさい風切音もない。
私は随分と楽に死んだのかと、お花畑を想像して目を開く。
だが、そこは現実。
私の周りには、人肌程度に暖かい水が揺蕩い、全身を包み込んでいた。
「これ……は?」
水は城下の船着場のようなところに向かっているらしい。
「おととっ」
なんだか不思議な感じ。
紛れもない水の中なのに、全然息苦しくない。
船着場に人影が見える。
貴公子のような上品な服の上から、最低限の鎧を纏い、綺麗な白藤色の長い髪を優雅にたなびかせる。
立ち振る舞いは美しく、背は高いのに華奢。
まつ毛の長い全部の顔のパーツが芸術品のように整った超絶美人。
水の上部が開かれると、お姉さんがこちらに飛び乗る。
「破天荒なお嬢さん、無事?」
さりげなく頬を触られる。
「は……はひっ!」
緊張からか、まともな返事ができない。
所々、ガラス片で切ってしまったみたいだが、
まあ、切り傷程度だし、後で治せばいいかな。
「まずは、ここを離れましょう。ティア」
姿を現したのは、可愛らしい人型の水精霊。
人魚のような女の子の姿をしている。
上部が閉じ、完全に水に包まれると水中に沈み移動する。
ロードの球体の風壁みたいな感じだ。
息苦しさは感じない。
「あっとと、そうだ!危ないところを助けてくれてありがとうございますっ!」
深々とお辞儀をする。
「いいえ~。貴女、運が良かったわね。
偶然、王城を観察していたら、女の子が腕と落ちて来るんですもの」
「腕……あっ」
「一応、ここにあるけど」
お姉さんは腕をがっしり掴んで私に見せる。
「ひっ……」
「貴女の腕じゃ、ないみたいね?」
不思議そうに腕を観察する女性。
「それは……精霊王の腕です……」
その言葉を聞いた途端、お姉さんから鋭い気配を感じた。
手に持っていた腕を色が変わるほど強く握る。
「お疲れのところ悪いのだけど、王室で何があったのか、説明してくれる?」
「それは……全然いいですけど、えっ~と……お姉さんは……?」
「ああ、貴女ここの人じゃないのね? ごめんなさい、自己紹介が遅れたわ。
私は水都市スネピハ一区衛兵長シャーロン! 以後、お見知りおきを。
可愛らしいお嬢さん」
彼女は誰もが虜になる程の上目遣いと角度で可愛らしくウインクして魅せた。




