十話 見知った聖女様
百水門に入ってすぐ左の石橋で、前衛隊の様子を見ていたノアは無邪気に笑う。
「あはは、あっち楽しそーう。いいなぁ~。ノアも殺したーい」
「ノア殿っ! 私たちの任務は、負傷者の救出でありますっ!」
中世ヨーロッパの鼓笛隊のような服装をした背の高い青年。
赤い服と赤く長い帽子が一段と存在感を感じさせる。四区衛兵長ムニエラ。
都民からの人望も厚く、正義感の強い真っ直ぐな男。
「分かってるよ~。真面目だなぁ~」
ノアは口を尖らせ、不満を態度で示す。
「真面目なのは、いけない事でありますかっ!?」
「そんな事ないけどさ~~」
「皆がオーガの注意を惹いている今がチャンスでありますっ! 急ぐでありますっ!」
今だ多くの生存者、負傷者が居ると情報の四区。
地理を完全に理解している四区衛兵長ムニエラとその部下たち。
そして兵でも対処できない“未知の身体の精霊獣”が現れた時に備え、
シンシアの次に強いノアが護衛として付いていく。
三区から四区に渡る橋は二十。
その全部の丁度中心部にあるのは、岩で作られた堅牢な防壁。
救助部隊が壁の前まで来ると、壁の穴から無数の槍が突き出される。
「オーガじゃないでありますっ! 私は四区衛兵長ムニエラ! 皆を救助に来たでありますっ! ここを開けてほしいでありますっ!」
「この口調……っ! ムニエラ様っ!!」
防壁が真ん中で開き、一人の小さな男が笑顔で迎える。
「おお、コトリバチ!! 生きてたでありますかっ!!」
ムニエラと抱擁を交わしたのは、四区衛兵長補佐コトリバチ。
ムニエラと同じ服装をしているが、帽子は黒で、背はノアと同じくらい低い。
三区の市民を四区に一時避難させたが、あまりのオーガの多さでスネピハ脱出を断念。
残った兵を指揮し、石橋の上で防壁を造りあげ、橋上に誘い込んだオーガを
防壁の隙間の穴から石槍で突き、少しずつ、そして確実にオーガを倒してきた功労者だ。
「普通に通って来られましたが、三区のオーガの大群は大丈夫なのですかっ!?」
「今、皆が食い止めてくれているでありますっ! 門前から五本の石橋は安全を確保してありますからに、今のうちに生存者をスネピハの外に逃がすでありますっ!
近隣の町には、すでに避難民の援助要請は済ませているでありますっ!」
「了解しましたっ! 皆、聞いていたなっ! 各避難所に避難の連絡をっ!」
「はっ!」
コトリバチの部下は素早く避難所に向かった。
「え~っと……ノアは何をすればいいの?」
「申し訳ないでありますっ!
感動の再会のあまり、ノア殿をすっかり忘れていたでありますっ! ははっ!
ノア殿は一番近くの避難所で負傷者を運び出す手伝いをして欲しいでありますっ!
もし、強敵が現れた時は、私が呼びに行きますからにっ!」
「うん、分かった~」
「では、私も各所の手伝いをしてくるでありますっ!」
ムニエラは突如煙を出し、ボンという音とともに
二頭身のぬいぐるみのような五人の小人に分裂した。
「なにっ!? かわいいっ!」
ノアは一体を両手で抱え上げる。
「これは、ぼくののうりょく《こてきたい》でありますっ!
ごたいのこびとにわかれ、ごかんもぜんいんできょうゆうすることができるでありますっ!」
「一個貰っていい?」
「それはこまってしまうでありますからにっ!」
回転し、ノアの手元から身軽にすり抜ける。
「ことりばち、のあどののあんないをたのむでありますっ!」
ムニエラはてちてちとコトリバチの部下の後を追って行った。
「では、ノア殿こちらですっ!」
ノアはコトリバチに案内され、門から一番近くの避難所になっている教会に通された。
ノアが周囲を見るに、動けないほど重症の者は一人も見当たらない。
それどころか、かすり傷程度の怪我だ。
コトリバチも不思議に思い近くの衛兵に問う。
「ここの重症の者達はどうしたのだっ!」
「コトリバチ様っ! お帰りになられていたのですか、
つい先ほど例の聖女様がいらっしゃって、
瀕死の者から重体、重症の者まで皆の怪我を治してくださっております」
「おお、あの聖女様がっ!」
「聖女さま?」
「今、あちらの個室で最後の重症人の治療にあたっております!」
「それはそれは、四区の衛兵長補佐として挨拶しておかねばっ!」
コトリバチは足早に部屋に向かう。
ノアもそれとなく付いていく。
ドアを数回ノックする。
「私は四区衛兵長補佐コトリバチッ!
聖女様、こちらにいらしてくださり、心より感謝致しますっ!
治療が終わりましては、一度、ご挨拶を願いますっ!」
「あ、は~い。今、丁度終わったので、開けますね~」
ノアは自分を耳を故障したのかと疑う。
聞き覚えのある声。でも、居るはずのない声がする。
ガチャ。
ドアが開かれると、
繊維のような綺麗な桜色の髪と結った臙脂色リボンが舞い、二つのおさげが揺れる。
それは紛れもなく見知った顔だった。
「あ、朔ちゃん」
「あ、ノアちゃん」
あまりの突然の再会に、互いに脳の読み込みが止まったのだった。




