九話 生存者救出作戦
本陣はスネピハ三区前の丘の上。
即興で立てた橙色の簡易なテントだ。
見晴らしが良く、スネピハへ唯一出入りできる百水門をおおかた監視する事ができる。
早速、一同は攻め込む方法を協議。
スネピハの地図を広げ顔を突き合わせる。
メンバーはシンシア、ポテ、衛兵総長ギザバ。そして、もう一人。
貴公子のような上品な服に身を包み、綺麗に手入れされた白藤色の長い髪を優雅にたなびかせる。
女性と見紛う程に美しく華奢。
まつ毛の長い全部の顔のパーツが芸術品のように整った二十代半ばの美青年、自警団長シュトロン。
新しい情報によると、城のある一区は、完全に占拠され、精霊人は全滅。
貴族街の二区もほぼ壊滅状態。多くの精霊、精霊獣が犇く。
中心地の三区には、今もオーガが暴れ回り、無慈悲な殺戮が横行。
白い塔のある四区は、多くの生存者が逃げ込み、衛兵が橋の上に防壁を構え、オーガを誘いこみ湖に落として上手く撃退を続けている。
青い塔のある五区の状況は未だ不明。誰も入る事もできず、出る事も出来ない状況だ。
「まず、三区と四区に居る生存者を一人でも多く、スネピハの外に逃がしましょう!」
シンシアの提案に全員が頷く。
「はじめに、左側の水門から突入してオーガを殲滅するわ。
陣形を展開しつつ、防壁を作成。中の負傷者から運び出す。隣町サンデルの避難許可は?」
「まだ確認は取れていねえけど、恐らく許可は下りるだろうよ」
「確認を急いで。避難者は子供、女性を優先に待機させてある馬車に乗せて移動。
オーガの相手は私たちがする。衛兵たちは私たちの援護と防壁作成。
自警団さんたちは市民の誘導をお願い」
「皆、異存はないかのぉ?」
「オレは頭で考えるのが苦手だ! だからこの斧と一緒に前線で戦わせてもらいたい。防壁の指示なら、三区の衛兵長モルボが得意だからよ」
「僕も、全線で戦わせてもらいたい。こんな美しい女性を蛮族と戦わせるわけにはいかない。僕は君の剣になろう」
二人は斧と長剣を構える。戦う気合はバッチリの様だ。
「あいわかった……。くれぐれもシンシアの邪魔をせんようにな」
ポテは、本陣、攻衛、防衛、救援に人数を割り振る。
一度目の出陣。目標は生存者の救出。
本陣防衛にポテ、二区衛兵長サビー。
オーガ殲滅にシンシア、レオ、キーフ、衛兵総長ザギバ、自警団長シュトロン。
防壁作成にキリエ、イツツ、三区衛兵長モルボと衛兵たち。
市民の救援にノア、四区衛兵長ムニエラ、衛兵と自警団が割り振られた。
まだ周辺から約二万人の増援が来ていないため、盛大に攻め返す事が出来ない。
四区の生存者を助けた後、四区を起点にして三区、五区と奪い返した後、二区、一区を奪い返す。
背後を突かれないよう確実に攻め返す作戦だ。
閉ざされた百水門の前に千の衛兵が集まる。
普段は外からは開ける事ができないが、区衛兵長が持つ鍵があれば外からも開ける事が可能。
「開・門!!」
ザギバの都市に響く大声を合図に、巨大な鉄の門が開き、前衛のオーガ殲滅の先鋭達が先に突入。
家屋は壊れ、周囲には着ていたであろう服や、抗ったであろう武器が散乱していた。
周囲を見渡しても人の姿はない。門周辺は全滅のようだ。
開門の音を聞きつけて三区を彷徨っていたオーガ達が、重い足音を響かせながら襲い来る。
「星槍!!」
シンシアの放った一本の矢。
それは命があるかのように、次々とオーガの頭を打ち抜いてゆく。
打ち漏らした数体のオーガが壁の如く迫り、巨大な拳を振り下ろす。
「まだまだ軽いぜ、その拳!」
身体の倍以上ある拳、それを軽々と片腕だけで受け止め、
笑みを浮かべながら、右の拳を引く。
「反拳!!」
受けた衝撃を二倍にして、自分の拳を撃つ。
一瞬にしてオーガの腕は弾け飛び、地に伏せる。
「加足!!!!!!!」
キーフは一段階加速し、一蹴りで倒れたオーガの首を刎ねる。
その後も、迫り来るオーガの群れの足を素早く弾き、前に進ませない。
倒れたオーガを、槍兵が一体一体とどめを刺していく。
「あいつら、やるじゃねえか! オレも負けちゃいらんねえ!」
ザギバは大斧を強く握りしめ、覆いかぶさる様に向かい来るオーガをたった一振りで両断。
オーガの残骸はエナとなり、大斧に吸収されていく。
「ほら! 次、次ぃ!」
大斧を振り回しオーガを蹂躙する。
前衛が戦っている間に、後衛の防壁作成部隊も揃う。
「よし、揃ったな!」
衛兵長にふさわしくない白い無地の半袖のシャツ。
腰に長く大きい布を巻いた、毛深いゴリラのような顔と身体の中年男。
三区衛兵長モルボが号令を出す。
「防壁展開!」
門前から手前五本の石橋を地の精霊術で囲ってゆく。
キリエとイツツも微力ながら支援し、より高く、広く、頑丈に固めていく。
「うほっ! こりゃ大したもんだ!」
高さ五メートル、厚さ二メートルの壁が、百メートルほど続いている。
モルボが称えるほど立派な防壁が完成。
五本の石橋を救助部隊が別れて渡ってゆく。
「お前さんらぁ! 四区の生存者を逃がすまで、ここを死んでも死守するぞっーーー!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!!」
兵の指揮は上々。
それを見て一人の男が動き出す。
「じゃあ、僕もそろそろ魅せようかな。
男性は僕を見習い、女性は僕を愛してほしい……」
自警団長シュトロンは腰に掛けた細くて長い鞭のような蒼剣を手にした。
名を『才色兼備』。
涼しい顔をしながらリボンのようにクルクル回し、
自分の周りを囲んでオーガ群れの中心に歩みを進める。
「おい! あんた! 一人でそんな前に出たら危ないぞ!」
レオが引き止めようとするも、ザギバが手で阻止する。
「あいつはあれでいいんだ」
一同、黙ってその背中を見る。
「フフッ、みんなが注目している……ああっ、良い気持ちだぁ……」
背中に視線を浴びているのを感じ、恍惚とした表情を浮かべるシュトロンは、
あっという間に十を超えるオーガに包囲されてしまう。
「醜い蛮族よ、天に散れ! 薔薇の……瞬きっ!」
乱舞した鞭剣は、広範囲に広がり、周囲のオーガを一瞬でバラバラに刻む。
割れんばかりの衛兵や自警団から歓声が上がる。
「はぁ……気持ち……いいっ……」
両手を広げ、歓声を受け入れて一礼をする。
しかし、背後の家陰に潜んでいた一回り大きいオーガが大木で作られた棍棒をシュトロンに振るう。
「っ!!」
なんとか一撃をかわすも、続けざまに放たれたもう一撃を防ぐ術はない。
「くっ! しまったっ!」
追い詰められたシュトロンを救ったのは一本の矢。
「崩し」
巨大な棍棒は爆発し、木片が飛び散る。
「星々は世界を渡る」
次元を越えた矢が、巨大なオーガの心臓を一突き。
オーガは倒れ、エナとなり周囲に散る。
「戦場で油断しないっ! 死ぬわよ!」
俊敏に駆け寄り一喝するも、
シュトロンは呆けた顔をしている。
「聞いているの?」
「……シンシアさん。僕と、結婚してください」
「……はぁ!?」
唐突のプロポーズ。
「貴女は、僕の背中を守ってくれた。だから、僕は貴女を永遠に守りたい。
この名に懸けて幸せな家庭を約束します。
この戦いが終わったら、取り戻したスネピハの式場で、盛大に結婚式を挙げましょう!!」
「悪いわね。先約がいるの」
食い気味に即答し、無表情で左手の甲を向ける。薬指には、輝く銀のリング。
それを見て、シュトロンは砂のように膝から崩れ落ちる。
「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
シュトロンの失恋の声がスネピハに響き渡った。




