七話 決戦準備
水都市スネピハ。
王都リフィンデルの所有する六都市の一つ。
人口、約五十二万人の水の上に浮かぶ石造りの巨大な水都市。
スネピハは六都市の中でも入口が多く、全部で百個ある事から百水門と呼ばれている。
入り口からスネピハの城まで勾配がついており、徐々に高くなっていく。
そして、五つに区画に分かれており、城がある城下町を一区。
城下から長く立派な橋を挟んだ先の貴族街を二区。
また、長い橋を挟んだ先、中心地の三区。
左側、白塔があるのが四区。
右側、青塔があるのが五区となる。
イツツが聞いた知らせによると、
精霊王アーガハイドは精霊、精霊獣と共に、水都市スネピハに進行。
日が沈み、日が昇るまでの短い時間にスネピハを我が物としたそうだ。
衛兵や自警団が立ち向かうも、戦いにすらならない、一方的な殺戮だったそうだ。
命からがら生き延びた住民は四区に避難し、身を寄せているらしい。
他の区域がどうなっているかの情報は入ってきていないそうだ。
「事態は儂の想像を遥かに超えていた……」
「誰も予測なんて出来ないわ……あの都市を一日で落すだなんて……」
ポテとシンシアは険しい顔を突き合わせている。
「まだ生きてる人がいるんですよね!? なら、早く助けに行きましょうよ!!」
レオは拳を強く握り、戦う意思を示す。
「今なら助けられる命もある! それに俺らに力を貸してくれる人もいるかもしれないっすよ!!」
「よくゆうた。流石、我が弟子じゃ」
ポテはレオの頭をポンポンと叩く。
レオもまんざらではない様子。
「ポテ、折り入ってお願いがあるの……」
真面目な面持ちのシンシアを前にポテは気楽に構える。
「人材の手配なら、昨日の晩にあらかた済ませましたぞ。
明日の朝には、各地から腕に自信のある者数万人がスネピハに駆けつける手筈になっております」
シンシアは空いた口が塞がらない。
「ポテ……いつの間に……」
「そういうつもりだったのでしょう?」
ポテがシンシアを見ると彼女は静かに笑う。
そう、訪れた目的はロードの治療ともう一つ。それは戦力の補充。
現在の戦力じゃ、アーガハイドとその軍勢と戦うには圧倒的戦力不足。
そのためには少しでも戦える仲間が欲しかった。
精霊王アーガハイドはいわば精霊人全ての敵である。
その精霊王が復活したと知れば、力を貸してくれる者も多い。
ポテは元七天衆の一人。顔も広く、人脈もツテも多く、戦える人材を集めるにはうってつけの人物だった。
「貴方には……敵わないわね……」
シンシアは微笑む。
「そうとなれば今日中に出発しましょう! 私たちが全線で戦い、後ろの者に勝利の希望を示さなくてはならないわ! 一秒でも早く市民と朔桜を救いましょう!」
一同は声を上げ、各自万全の準備をする。
シンシアは縁側で『母天体』の手入れをしていると
ポテが足音も無く、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「ありがとうポテ。みんなの鍛錬といい、仲間の声かけといい、感謝してもし足りないわ……」
「いいんですよシンシア様……。これぐらいの事はさせて下さい。千二百年前の戦いでは貴女たちのお役に全く立つ事ができませんでしたから……」
「そんな事は…………」
シンシアは複雑そうな表情だ。
「今回、儂も同行させてもらいます」
シンシアが口を開くも、ポテは静かに手を伸ばし、それを牽制する。
「今までずっと悔やんでいたのです。七天衆などと呼ばれながらも何もできず、あの勇者様も救う事が出来なかった……。
だから、今回こそは元七天衆としての役目を果たしたいのですっ! だからどうかっ!」
ポテは笠を取り、小さな頭を深々と下げる。
シンシアは千二百年分の思いを呑み込み、決意した。
「貴方の力、遠慮なく借りるわ。
存分にその力振るって頂戴!
頼むわよ、七天衆 天武のポテ!」
「はい、この一命を賭け、多くの命救い、
あの精霊王をもう一度、地の底に戻してやりましょう!」
二人は固く握手を交わした。
その日の昼前。
一行はロードの駅馬車へ乗り込む。
しかし、肝心のロードは未だに目を覚まさず、リクーナとヒシメが残り看病する事になった。
イツツは不安を抱えながらも、師匠の付き添いを兼ね、レオたちと同行する事を選ぶ。
「じゃあ、ロードくんをよろしくね」
ノアは後ろ髪を引かれる思いで最後に馬車へ乗り込んだ。
「みんな、最後の確認よ。
この馬車を走れせたら、もう後には戻れない。
覚悟の無い者は今すぐ降りる事を勧めるわ」
シンシアの最後の警告。
全員に緊張が走る。
しかし、誰も降りようとはしなかった。
「その覚悟受け取ったわ!」
シンシアの合図で馬は走りだす。
向かうは水都市スネピハ。
目的は精霊王アーガハイド倒し、都市の奪還する事。
精霊、精霊獣から多くの市民の命を救う事。
そして、捕らわれた朔桜を救出する事だ。
皆は己が使命を胸に突き進む。
だが、後に全員は思い知る。
その目的が、どれほど無謀で、軽率な考えだったかを。
想像を絶する苦難の道。
出会いと別れ。
代償無き戦いなど存在しないと
この時はまだ、誰も知るよしはなかった。




