五話 揺るがぬ事実
ロードが下がった場所は、イシデムと水都市スネピハの丁度中間辺の森の中。
ここなら戦いになっても被害もなく、しばらく身も隠せる。
役目を終えた伏雷神ライトニングを天に還すと同時にロードは気を失った。
馬車の中からロードの気配に一番に気づいた朔桜は倒れたロードの足の怪我を見るやいなや
宝具【雷電池】を使おうと馬車を飛び出し、一目散に駆け寄った。
「ロードっ!!」
朔桜の声で気づいた他の面々も馬車から顔を出す。
だが、倒れたロードの横でいつの間にか黄緑色の衣装を羽織り白いファーのようなものをたなびかせた何者かが立っている。
宝具の力で完治して眠っていたはずのシンシアがその悍ましい気配に飛び起き、弓を握り締め馬車から飛び出す。
「朔桜ぁぁ!! 戻ってぇぇぇ!!」
シンシアの視線の先には無機質な表情と無機質な目で
朔桜を真っ直ぐ見る、精霊王アーガハイドがそこに居た。
「精霊界で我が前から逃げるなど不可能」
精霊界のあらゆる精霊、精霊獣を操り位置を知るなどアーガハイドには造作もない。
だが、アーガハイドも手傷を負っている。
右の腕は切り落とされ、大量に血が滴っていた。
「あいつ腕が! ロードさんがやったんだ!」
「レオ、チャンスかもしれんぞ!」
二人も続けて馬車を飛び出す。
「私が援護するから朔桜ちゃんはこっちに。。。!」
朔桜は熊に遭遇したかのように、目を離さずゆっくりと後ろに下がる。
同時にノアが弾丸のように飛び出し、雨の羽衣を精霊王に振り翳す。
だが、岩をも砕く衣の一撃を左で平然と受け止められた。
「シンシアお姉さん! 精霊王の相手は私に任せて!
私が相手してるうちにロード君を馬車に!」
ノアがよそ見した瞬間、雨の羽衣を引っ張られ、
その勢いのまま裏拳を食らい大木目掛け吹き飛ばされる。
しかし、ノアは上手く受け身を取り、意識を保ったまま一回転。
勢いを利用し、膝を精一杯曲げ、大木を蹴り加速。
鍛錬場のアスレチックでひたすら障害物を利用し
毎日、六時間ひたすら動きまわった成果が出ている。
周囲の木々を衣で切り、目隠しとして投げつけた。
雨の羽衣の先端を捻じり合わせ、ドリルのように回転。
そして、もう一度アーガハイドへ突っ込む。
「一気通貫!」
ノアが迫っているにも関わらず、アーガハイドはノアの方すら見ない。
かと思うと指を複雑に動かしだした。
すると、切り飛ばされた木の断面から無数の根が生え、ノアへ向かって伸びる。
アーガハイドの樹の精霊術だ。
一気通貫のドリルで根を抉り散らしていくも、ついには衣に絡まり
身動き出来ないほどに絡め捕られた。
「【変身】!!」
小さな貝になって抜けようとするも、根はそれを許さない。
小虫一匹通れないほど、精密な編み目と変化。
ノアは根の牢に完全に閉じ込められてしまった。
アーガハイドが息を吹くと、根の牢は灼熱の火炎に包まれ焼き尽くされる。
今度は火の精霊術。
「いい働きよ、ノア!!」
シンシアはノアに構わず、アーガハイドだけに狙いを定めていた。
「大三角形!!」
デネブ、アルタイル、ベガの加護を受けた三本の矢が放たれる。
アーガハイドは異様な危険感を察して避けようとするが、
燃えた木の根がそれを阻む。
アーガハイドを取り囲むようにして地面に刺さり、三角形の透明なバリアのようなものが張られる。
「これは……」
「詰みよ、アーガハイド」
アーガハイドは左の手でバリアを叩くが壊れる気配はない。
「大三角形は絶対に破れない星の封印。貴方の選択肢は二つ。
自ら命を絶つか、永遠この中で生きるしか無いわ」
「やったー! 精霊王捕獲!」
馬車からノアの本体が出てきて、ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
「エナジードの感じぬ傀儡。一体を囮にしたか」
「へへ~ノアの大手柄~」
ノアがバリアに近づこうとするとシンシアが手を前に出し、阻止する。
「バリアに触れてはダメよ」
「どうして?」
「危ないから。下がっていなさい」
「む~」
ノアは不満そうにむくれる。
「ロード回復させてきます!」
朔桜は安全を確認するとロードに向かって走り出した。
アーガハイドは静かにシンシアを見て問いかける。
「……何故、貴様の手足は戻った? あの桃髪の精霊人の力か?」
「さあね、話す必要はないわ」
「あの黒服の男は精霊人ではないな?」
「貴方に教える事は何もないわ、静かにしていなさい」
「代償を得た身体とはいえ、またも貴様らを甘くみていた……。
此度の戦不本意だが、仕切り直しとしよう」
「何を言って……貴方はもう負け……っ!!」
シンシアの言葉が止まる。
「気づいたか?」
馬車を囲むように精霊、精霊獣の気配が集まっていた。
「敵に囲まれてる……三千体……いや、どんどん増えていっている」
全員が辺りを見回す。
薄暗い森の奥から数えきれないほどの無数の眼が光っていた。
「我だけでなく、全体を警戒するべきだったな。
来い、丑の刻」
命を受け、雄叫びを上げながら何かが降ってくる。
落ちてきたのは身体の所々が白い機械で造られた華奢な青牛。
異質な存在にシンシアが弓を構えると、アーガハイドが大きな声でそれを制した。
「それを放った時、全ての精霊、精霊獣が貴様らを蹂躙する。
静かに見ていれば、此度は見逃そう。
さて、この条件で矢を放つほど……愚かではあるまいな?」
「っ……!!」
アーガハイドを捕らえた今が絶好の好機。
だが、弓を放てば三千以上の精霊獣と戦いは避けられない。
シンシアは今の戦力での勝率を天秤に掛けた結果。
引いた弓をゆっくり戻す。
「懸命な判断だ。丑の刻、これを壊せ」
青牛はアーガハイドの言う通りに三角形のバリアを拳でいとも容易く叩き壊した。
「なるほど。内からは絶対不破の結界か。覚えておこう。シンシア」
アーガハイドは風の精霊術で飛び上がる。
「酉の刻。そこの女を捕えよ」
空から巨大な黒鳥が現れ、ロードを回復していた朔桜の真上に捉えた。
「え」
巨鳥は朔桜を見た途端、急に目の色を変え、鋭く大きな爪で襲い掛かる。
「っ!! 酉の刻、殺すな!!」
アーガハイドは森に木霊す大きな声で再び黒鳥に目で強く命令を下す。
すると黒鳥は鋭い爪を引き、足で朔桜の身体を掴んだ。
「いたたたた!!」
朔桜は逃れようと藻掻くも完全に固定されており身動き一つ出来ない。
「約束が違うわっ!!」
シンシアはアーガハイドを睨むが
彼の表情と目からは何の感情も読み取れない。
「朔ちゃん!!」
ノアは一足で黒鳥に飛び乗り、背後から両羽を切り裂く。
羽の表面が剥がれると背中から無数の機械の手が飛び出して
まるで地獄の亡者のようにノアへと伸びる。
「なにこれ!? 気持ち悪っ!」
背中で軽快に逃げ回る間も、黒鳥は平然としたままアーガハイドの指示を待っている。
「降りよ、傀儡。それは此度の戦利品。我が使う」
「朔ちゃんは! 物じゃない!!」
腕を何度攻撃しても壊れる様子はなく、ノアの攻撃でも傷一つ付いていない。
「何これ! 硬すぎ!」
「降りぬならば、ソレを握り潰し壊すまで」
アーガハイドが黒鳥に目で合図を送ると
朔桜を掴んだ足の締め付けが強まる。
「うっ……」
朔桜は苦しそうに声を漏らす。
胸元のペンダントは僅かに鳥の足に触れられない距離。
守護の力で弾き飛ばす事も出来ない。
「ノア! 一度降りて! アーガハイドは本当にやるわ!」
唇を噛み、ノアはすまなそうな、悔しそうな表情で地上に降りる。
「う…………うぅ……。ごめん、朔ちゃん……絶対助けるから!」
「よい。此度の戦い。我個人としては望まぬ結果ではあったが、戦では我々が勝利した。
この癒しの力を持つ精霊人は、我が腕を治すために貰いゆく。
ここで貴様ら全員蹂躙するのも可能ではあるが、我は、それを望まない。
道先、水都市スネピハの玉座にて待つ。
其処で我らの因縁にケリを付けようではないか、シンシアよ」
「いいでしょう。でも、その子は私たちの戦いには関係ないわ。今すぐ返して」
「それは過ぎた願い。貴様は敗北者だ。
今、この場全ての決定権は王である我にあると知れ。
我は黒衣の部外者に見ての通り、腕を落とされた。
まずはその腕を治す。そのためにはこの精霊人の力が必要。違うか?」
「…………」
シンシアは何も答えない。
「沈黙は是なり。
彼奴は回復させると駆け出したのをこの黒白の目で見て、この長き耳で聞いた。
これ即ち、彼奴の能力と判断した」
「私と戦いたいなら、今ここで治せばいいでしょ!
今度は逃げたりなんてしないわ! だから今すぐ――――」
「黙れ!!! この場の決定権は全て我にあると言ったはずだ!!
この場で全員引き裂き、喰い殺させてもよいのだぞ!!!!」
アーガハイドは表情は一切変えず、口調だけを乱し、激情。
シンシアはこれ以上、刺激しないように空いた口を噤む。
「それでよい。なに、貴様とケリを付けるまで殺しはしない。
この精霊王が盟約しよう」
喉を鳴らし生唾を呑む。
「その言葉……信じるわよ……」
精霊の王は静かに背を向け、長い羽織りを翻す。
「だが……次は落胆させるな。
死なずに我の元まで辿り着いてみせよ」
そう言い残し、精霊、精霊獣の軍勢と共に消えた。
一同はただただ立ち竦み
敗北という事実を深く、深く、噛み締めた。




