四話 互いの代償
手足が飛び、血と泥に塗れたシンシア。
必死の抵抗も虚しく、アーガハイドを止める事は叶わなかった。
情け容赦なく《生命の拒散》を放とうと手を翳す。
その刹那、シンシアの前に希望の光が広がった。
雷光を使い、光速で駆けつけたロードがアーガハイドの顔面に痛烈な拳を打ち込む。
「剛雷拳―兜割!」
吹き飛ばされたアーガハイドは木々をなぎ倒しながら森の奥に消えていった。
「ノア! シンシアと手足を拾ってライトニングで後衛まで戻れ!」
「りょーかい!」
ロードが大声で指示を出すとノアは素早く指示に従い、
雨の羽衣で切断された手足とシンシアをしっかりと抱え、
ロードの能力《八雷神》の一柱である伏雷神ライトニングに触れる。
ライトニングはその身に触れているノアとシンシアをも光に変え、一瞬でその場を離脱した。
「間一髪か……後、コンマ数秒遅ければ死んでたな」
あまりのギリギリさに流石のロードも肝を冷やす。
「殴った時、手ごたえがまるで無かった。そろそろ戻って来る頃合いか?」
ロードが薄暗い森に目を向けると奥から無機質な光が放たれる。
光に当たった木々は跡形も無く消し去られていた。
「戻ってくる? いいや、違う。貴様が我の元へ来い」
「随分の耳が良いな。その長い耳は伊達じゃないということか」
ロードは不敵に笑う。
「それに……なるほど……。その光、そういう能力か」
アーガハイドの言葉を無視して光の力を分析。
今の攻撃で光に触れてはいけないと瞬時に理解する。
警戒すればまともに食らう事はないだろうとロードは一度距離を取る。
アーガハイドにはそれが気に入らなかった。
「我は来いと言ったはずだ」
表情は変わらずも不満げな口調。
同時に手から現れた拳ほどの大きさがある三つの光球体。
無造作に動きながら高速で動いている。
無言で放たれた光の球はロードに向かって飛びゆく。
しかし、ロードは動じもせずに目を閉じた。
「(視界には頼らず、空気中のエナの流れだけに集中)」
飛んできた光球を最小限の動きで全てかわす。
「ほう……」
あまりの動きにアーガハイドも感心した声を漏らした。
小さく指を手前に動かすと、かわした光球が舞い戻り、背後からロードを狙う。
「(焦るな……流れを感じろ……)」
背後から襲い掛かる攻撃も背中に目が付いているかのように完全に避けきった。
「ふっ……防五段階二段。完全習得だ。早速に役にたったぜ師匠。
まさか、食らったら即死の攻撃で実践する事になるとは思わなかったけどな」
かわしたロード自身も驚いている。
早速イシデムでの修行の成果が出ているようだ。
「……攻撃力、速度、回避力どれも申し分ない。だが、精霊人である以上、その命に価値は無い」
光は更に増え十二個に増す。
ロードは咄嗟に左の手で片目を覆い隠した。
アーガハイドの合図で光球は更に不規則な動きで飛び、一斉に襲い掛かる。
「侮るなよ、精霊王」
ロードが覆っていた手を降ろすと、左目は鮮やかな紫陽花の色へと変わっていた。
《無常の眼》を開眼させ、右手を握ると散らばった光は一点に凝縮し、ロードが息を吹くとローソクの火が消えるようにプツンと消えた。
「この程度か?」
煽りに乗せられ、アーガハイドは無言で大きな光の塊を頭上に出して変容させる。
二つに分かれた先端と下部にいくほど細くなる長い身体。その形はまるで竜。
造形された光はまるで意志を持っているかのように迫り来る。
その動きは光速よりは速くはない。
小さい光ほど速く動け、大きくなるほど速度が落ちるようだ。
「風握―縮!」
風が空気を凝縮させ、一点に集まる。
光の竜も風の影響で吸い寄せられるが、長い身体を自切。まるでトカゲの尻尾切りだ。
上部の顔らしき部分はそのままロードに襲い掛かる。
防五段階を駆使してもかわせない大きさ。
「紫雷―向日葵!」
前方に向日葵のような大きく開く雷を出し、光の竜を打ち消す。
その瞬間、後ろに気配を感じ、ロードは考える前に素早く横に飛んだ。
背後から一直線に光が伸びる。
その後、光の球体が追い打ちをかけ襲い掛かるが、それは容易に風の魔術で握り潰した。
気づかぬ間にロードは後ろを取られた。精霊術で強化したわけでもない素体での速度。
アーガハイドの速度は光速に近い。
遠距離の戦いは、エナの量的にも後々押し負けると読み
短期で決めるためロードは接近戦に切り替える。
「雷光!」
先程と同様に光速で移動。
アーガハイドの背後に回り込み、首筋に渾身の蹴りを放つ。
しかし、華奢で白い腕に簡単に止められた。
ロードの想像してたよりも遥かに頑丈な肉体だ。
「その速度にはもう慣れた」
止められた右足を猛烈な強さで掴まれた。
振りほどこうとしたが、鋭く長い黒爪がロードの足肉に食い込み、
肉を握り潰し、骨がへし折られる寸前。
「こんの、馬鹿力がっ!」
飛翔で浮き身体を軸に一回転。アーガハイドを地面に叩き付けようとするも、
アーガハイドも風の精霊術で浮遊する。
「我の精霊術の方が上手のようだな」
アーガハイドは澄ました顔のまま握った手に少し力を入れ
掴んだロードの足を枝折るかのごとく軽々とへし折った。
骨を砕かれ、たっぷりと水を吸ったスポンジを握るが如く
血管が潰され裂けた足からおびただしい量の血が溢れ出る。
「ぐっああああああ!!」
ロードが苦しみ叫びを上げると、アーガハイドはなんの感情もなく右手でロードの頭を鷲掴む。
「耳障りだ。散れ」
逃げる術のない絶体絶命の状況。
しかし、掴かまれたロードの目は死んでいなかった。
鋭い眼で睨みを利かす。
「っってめえがな!!」
その刹那、光がアーガハイドの右腕を吹き飛ばす。
そして、ロードの姿はアーガハイドの目の前から忽然と消えた。
「いつの間に我の腕を……。それに、この我が反応しきれなかっただと……」
「簡単に……反応されて……たまるか」
ロードは遠くの地上でライトニングの背にもたれ掛かっていた。
顔色は悪い。強がってはいるが足をへし折られ、出血量も多い。
「先程の蒼馬……なるほど。天を駆ける精霊神獣か。我が愛馬に丁度良い」
鋭い眼光で強烈な圧をかけ、アーガハイドの能力の一つ《王の号令》でライトニングを従わせようとするも、全くの手ごたえが無い事に気づく。
「抗いを感じない。しかし、服従させられない。その馬、異世界の獣か」
「神馬だ神馬……。お前如きが使役できる格じゃねぇ……」
息も絶え絶えでロードは話す。
それとは対照的にアーガハイドは片手を切り落とされているにも関わらず、表情一つ変えない。
「ライトニング……後方に戻れ」
蒼馬は猛々しい鳴き声を上げ、命令に従い、光と化す。
そしてロードを乗せ、後方の馬車へと退避したのだった。




