三話 光
私は内に隠した力を心置きなく開放する。
全身全霊。正真正銘本気の力。
大地が揺らぎ、空気が震える。
千二百年前、精霊王と戦ったあの日よりも
エナジードの量は多く、肉体も強くなっている。
千年ぶりの力に身体がちゃんと応えてくれるだろうか一抹の不安もあるけど。
過度なエナジードの吸収は、彼らのラインに引っかかる可能性が高まる。
これが私のデッドライン。
「ほう……あの時より少々マシになったか」
品定めするような眼でエナジードの質を測っている様子。
「こう見えても貴方を一度殺している女よ。舐めないで」
「抜かせ、あの男と共に戦ってもなお、以前の我、以下だったではないか
我には到底及ばん」
「やってみなきゃ分からないわ!」
「あの精霊人はもうこの世にいないのであろう? 勇者と呼ばれていたとて所詮はただの精霊人。
神域に近しい技量を持ちながらも、短命に時を過ごし、その命を散らす。
次の自分に引き継げないとは実に無駄な生命よ」
その言葉を聞いて私が抱いたのは、怒りよりも哀れみだった。
ああ、そうか。彼には分からないのか。命の大切さが。その繋がりが。
「精霊人は短い命で生涯過ごす大切な相手を探し、子孫を残す。
そして、思いや力を後の世代に引き継ぐの。
自分のために自分を引き継ぐだけの貴方には
生命の長い歴史は一生かかっても分からないわ」
「知る必要などない。絶やす生命の増殖など興味の欠片もない」
伸ばした手から白い光が放たれる。
それを素早く横に飛んで避けた。
以前、湖から現れた肉塊の放つ閃光は熱閃だったが、
アーガハイドの光は能力。名を《生命の拒散》。
光に触れた生命を跡形も無く分解し、散らす脅威的な能力。
身体に触れたら一瞬で分解されてしまう。
アーガハイド相手では全ての攻撃が即、死に繋がる。
一瞬も気が抜けない。
「二度も精霊王の前に立つとは……実に愚かだ」
腕を軽く最低限に振り光を横一線に放つ。
「アルタイル!!」
強く握り締めた『母天体』から矢を放ち
風の精霊アルタイルの加護を得た鉄の矢が光を捻じ曲げ、アーガハイドの心臓目掛け一直線に飛ぶ。
先程、馬車を守ったのもこの力だ。
《生命の拒散》は生命にしか効果を及ぼせない。
飛び道具は彼にもっとも有効な攻撃手段。
「小賢しい」
アーガハイドは一息で矢を吹いてみせた。
矢は軸を失い、軽々と吹き飛ばされる。
“六星”の一星であるアルタイルは精霊の中でも最上級の精霊。
その加護が宿った矢を一息で返すなんて。
奴も以前より力を増している。
「ならこれで、お終いよ!」
矢を三本取り出し、三本同時に番え放つ。
矢は意思を持ったかのように自由自在に宙を飛び回る。
「穿て! 大三星交線!!」
デネブ、アルタイル、ベガの加護により矢は星へ変化。
三つの星は一つの交点を目指し、三星が同時に目標を穿つ。
目映い閃光に包まれ、大地は弾け、森が一瞬で吹き飛んだ。
逃げる事は不可能。確実に当たるとっておきの精霊術。
アーガハイドとて、ただでは済まないだろう。
土埃が晴れると大きく凹んだクレーターに無傷のアーガハイドが佇んでいた。
「うそ……でしょ……」
驚きが隠せず表情に出してしまう。
「何を驚いている。ただの目くらましではないか。 よもや、今のが攻撃などと言うまいな」
超高密度の超火力攻撃のはず。
それをただの目くらまし?
耐久力が並外れている。
「今のはほんの序の口よ。これからが――――――」
「もう遅い」
気が付くと目の前にアーガハイドの姿があった。
瞬時にかわそうとするも足が自由に動かない。
気が付くと私の足が地面に落ちていた。
それを見た途端、腿に激痛が走る。
左腿の半分より下が綺麗に切断されていた。
驚きのあまりバランスを崩し地面に転倒。
腿の痛みで意識が飛びそうだ。
驚きのあまり心臓が自分に響くほど強く鼓動する。
血液で地面が赤く染まる。
痛みで漏れそうになる声を歯が軋むほど強く噛みしめ、押し殺す。
「声一つ上げぬとは大したものだが、どうだ?」
アーガハイドの言葉の後、何かが飛んだ。
宙をまい血溜まりに落ちたのは私の左腕。
たまらず叫び声にならない絶叫が出る。
「それでよい。その音こそ我が千年以上聞きたかった音だ」
喉が潰れるかというほど声を出しても痛みは消えない。
ただおびただしい量の血が流れるばかり。
目も霞む。五体の半分を切られ重心も偏る。
このまま横になればさぞ楽な事だろう。
放心状態のままアーガハイドを見上げ彼の目を見た。
しかしその目は無だった。なんの感情も抱いていない虚無の目。
私はこんな目の男に負けたのかと、自分に呆れ果て首の力をガクンと抜いて視線を落とす。
走馬灯というのだろうか。今までの旅の記憶が脳内で流れ始める。
カウルとの出会い。激闘の数々。
仲間との旅の思い出。仲間との別れ。
カウルとの約束。ロードやレオたちとの出会い。
今まで携わった人々の思い。そして顔と記憶が一気に頭に浮かぶ。
そして、俯き霞んだ視線の先には切り落とされた腕。
そして、その指に光る銀のリングが一段と輝いて見えた。
「つまらん。その程度の力で平和を語るとは。この程度の女に我が殺されたとは。
弱きモノに意志を通す力は無い。強きモノを前に意志を散らせ」
哀れなモノを見るようにアーガハイドは手を翳す。
「………めない」
「なに?」
「まだ……諦めない!!」
止血を諦め前のめりに倒れ、虫のように片手片足で地を這う。
「私が死んでも貴方の前には必ず次に立ち塞がる者がいる。
何千、何億と転生しようと、貴方ただ一人の平和は訪れない!!」
泥と血に塗れながらも、アーガハイドの左足を握り捉えた。
「地虫が。恥を知れ」
右手から伸びた光剣が腕の中心に刺さった。
激痛が走るも、もう慣れた。
何処が痛いのかなんてもう分からない。
肉と骨を分解し、ゆっくりと肩の方まで伸びる。
腕を切り離されてしまったらお終いだ。
冥土の土産としては精霊王の命は高価な方だろう。
早々に幕引きとしよう。
「星々よ……我に命を捧げたまえ……」
「っ! この詠唱はっ! あの時の――――」
「全てを……」
決死の覚悟で掴んだ手。それをただ一発の軽い蹴りで容易に振りほどかれ、私は吹き飛ばされる。
「二度も同じ手はくわん。散るのは、その理想ばかりの儚き命だけでよい」
あと、一歩だったのに。
あとほんの一詠唱で、もう一度アーガハイドを葬り去る事ができたのに……。
真っ直ぐ向けられた手。
もう逃げようもない。口も回らない。頭も回らない。
視界は霞み、最期の景色は瞼の裏側か。
黒に覆われた世界のわずかな瞼の隙間から
眩い光が差した。




