四十話 シンシアVSメティニ
私の『母天体』から放たれた矢。
それが自らの背中に刺さり、大量の血が流れ出る。
既の所で身体を捩り、運良く致命傷を避けられた。
たまたまの幸運。この指輪が力を貸してくれたのだろう。
だが、息は上がり、視界は霞む。
腕と背から流れ出た血液が私の動きを鈍らせる。
「心臓を狙ったはずなんだけど、なんで生きてるの?」
表情一つ変えず、冷静に対峙する藍色の瞳の少女。
瞳には赤く-と×のルーンのようなものが刻まれている。
腰まで伸びる長い赤茶髪を黒い紐で二つに結び
竜胆色の胸元が大きく空いたシンプルな服をたなびかせ
凛として私の前に立つ。
「シンシア様……」
リクーナが心配そうに私を見る。
その目には不安の色も窺えた。
「大丈夫だから、どこか物陰に隠れていなさい」
リクーナは頷き、近くにあった荷台の物陰に身を隠す。
「それにしても、こんなシケた村にエルフが二匹も居るなんて珍しい」
「二匹って言うのはやめてもらえるかしら……。二人と言いなさい」
「何を言っているの? 異形種なんて精霊獣の畜生共と変わらないわ」
その言葉に私は腹を立てた。
昔ならそんな戯言聞き流していたのに。
それはここ最近の心情の変化なのだろう。
「お嬢ちゃん……。少しお仕置きが必要みたいね」
「それは楽しみ」
相手の隙を見計らう。
しかし、一見無防備に立っているように見えても隙がない。
彼女の武器は毒のダガー。
それにあの濃い白霧が味方している。
暗殺者相手だと視界を奪われるのが一番厄介。
私の矢を使って攻撃してきた仕掛けも分からない。
迂闊に飛び出すのは危険ね。
「来ないの? じゃあ私からいくね」
少女はどこからともなく右手の指間からダガーを四本出し
手首のスナップでダガーを飛ばす。
「ウィンドシール!」
前方を風の精霊術で防ぐ。
しかし、ダガーは意思を持ったように防壁をかわす。
隊列を組み、魚のように空中を自由に泳ぐ。
二つに別れ、私の両サイドから襲いかかってくる。
力いっぱい『母天体』を握り、左側に矢を放つ。
「星槍!」
矢は小さな星光を舞わせて左のダガー二本を弾き落とし、そのまま旋回。
右側のダガー二本も弾く。そしてそのまま少女目掛けて進む。
それでも彼女は表情を変えない。焦る様子もなく冷静そのものだ。
「へぇ。私と同じような術か。どっちの支配力が強いのかな」
彼女は小言を呟くと細長く白い右腕を前に出し、手首を横に流す。
その瞬間、矢は少女から逸れ、右に急旋回。
彼女が指を複雑に動かすと矢は真っ直ぐ私の元へ迫る。
今の一連の動きを見て、彼女の能力の検討が付いた。
矢を打ち落とそうと矢を番え放つ。
しかし、飛び去った矢も、私目掛け反転する。
これで私は彼女の能力を確信した。
「なるほど。貴女、そういう能力なのね」
矢の速度以上の速さで後方にひた走り距離を取る。
この距離ならダメージはなさそうね。
「崩し」
放っていた二本の矢を起爆させ、矢は破片すら残らず消し飛んだ。
「紹介が遅れたわ。私は“金有場”のメティニ。貴女とは仲良くできそうよ」
「私はシンシア。残念ながら貴女とは仲良くできそうにないわね」
彼女は初めて表情を変える。
「そう。残念」
そう言った彼女は静かに笑っていた。




