三十六話 最後の約束
村を離れて数時間。
夜も深まり、緑色の大きな月が大地を照らす。
「シンシア、ここらで停めろ。ここで晩を明かす」
ロードの言う通りに馬を制し、馬車を止めた。
馬車を固定し、野営の準備を始める。
疲れからか皆の足取りが重い。
「わたくしはどうしたらいいですか?」
エルフの小さな少女リクーナはロードに指示を仰ぐ。
「まずは着替えだ。そんな貧相な布ではなくこの服を着ろ」
取り出したのはノアがこちらに来るときに来ていた私服。
朔桜とノアの一週間分の着替えは黒鴉の衣の中入っている。
高級魔装をまるでクローゼット扱いだ。
ノアとリクーナは背丈もほとんど一緒なので着れない事はないだろう。
白いTシャツに水色のスカートを渡す。
「ノア着替えを手伝ってやれ」
「いいよーって……これノアの服じゃん!」
「一着くらいくれてやれ」
「別にいいけどさ、着替えよ~。 リクちゃん」
リクーナはノアに手伝ってもらいながら馬車の中で着替えを始めた。
その間にシンシアが馬車の車輪を固定し、キリエが木を集め
レオが精霊術で火をおこし、キーフは周囲の見張り。
朔桜は皿を出して全員分の食事を盛っていく。
「着替え終わりました、ご主人様」
服のサイズはぴったり。
金髪も相まってとても似合っている。
「次は焚火に使う木集めでもしてくれ」
「かしこまりました」
リクーナは命令通り周囲の木を拾い集め始める。
「ねえ、ちょっといいかなロードくん」
馬車の中でノアが手招きする。
「なんの様だ?」
「ねえ、リクちゃんにパンツ渡した?」
「……渡してないな」
「だよね、上下とも素肌に着てたもん。そういうプレイなの?」
「……お前の服で適当に見繕ってやれ」
馬車内にノアの衣装箱を出す。
「女の子なんだからそういうところちゃんとしてあげて! まったく、ロードくんは!」
ノアは頬を膨らまし怒っている。
どんどん朔桜に似てくるなぁとロードは思ったのだった。
「みんなお疲れのところ悪いけど少しいいかしら?
話したい事が……いえ、話さなきゃいけない事があるの」
全員で火を囲い食事を済ました後、シンシアが視線を集める。
「構わん、話せ」
ロードが許可するとシンシアは貸りていた魔装『黒帽子』を取り自分の長い耳を晒す。
「ロード、これありがとう」
帽子をフリスビーのように空中で回転させ
緩やかにカーブした帽子はロードの胡坐の真ん中に静かに落ちる。
「私とこの子は見ての通りエルフよ。
世間では人型の精霊獣だの異形種だの言われているわ」
リクーナの肩を抱き寄せ、唇を強く結び、感情を押し殺す。
「エルフだと黙っていて、隠していて、ごめんなさい」
シンシアは深く頭を下げた。
「別に謝る事じゃないですよ!」
「そうっすよ! 俺らも全く気にしていないっすよ!」
朔桜とレオはシンシアに頭を上げてと促す。
しかし、シンシアは頭を上げようとしない。
「結果的に今回あなた達に迷惑をかける事になってしまったわ。
せっかく命を懸けて人々を助けたのに、私のせいで嫌な思いをさせてしまった」
「それはあの男のせいです。。。シンシアさんのせいでは決してないです。。。」
「同感だ。俺達は感謝してほしくて助けた訳じゃない」
「でも、迷惑かけたのは変わらないわ」
その後もシンシアは頑なに自身を責め続けた。
「シンシア、お前のせいで俺達は迷惑を被ったこれは事実だ。
軽率な行動と種族間の諍いで聞き出すはずの情報源を潰し、休息の時間をも奪った。
その罰、代償を告げよう」
シンシアは静かに頷く。
「責を問うのであれば、俺達の質問に全て答えてもらおう。
それでこの件は不問とする。お前たちもそれでいいか?」
全員は静かに頷く。
「質問? いいわ。なんでも答えましょう」
心を決めた顔付きでロードと向かい合う。
「シンシア、お前エナの量はそれほど多くなくとも、内側から莫大な力を感じる。
俺と同等、いや……それ以上の力を隠し持っているな?」
「ロードと同等以上!?」
驚く朔桜に対して、シンシアはとても冷静だ。
「ええ、回数制限付きだけど、かなり強大な力を持っているわ」
シンシアは謙遜せず、当然の如く肯定した。
「お前は一体何者だ? ただのエルフじゃないな?」
「私は……戻りの森の王女。名をシンシア・クリスティリア」
「王女!?」
一同は騒めく。
「そうよ。そして、千二百年前にあの勇者カウルと共に戦い
“精霊女王の忘れ形見”と精霊王の手からこの世界を救った者」
「勇者カウルと共に!?!?」
レオは目を飛び出しそうな勢いで前のめりになる。
「でも千二百年前って。。。」
遥か遠い月日の事にキリエは首を傾げた。
「私はエルフ。一万年は生きる種族。
千年経っても、あの頃の出来事は鮮明に思い出せる。
あの激しい戦いの日々も、たくさんの仲間と笑い合った日々も。
仲間との別れも何度も経験したわ……。
それでも私たちは前を向き、進み、そして成し遂げた。
たくさんの犠牲を払いながらも、この世界を救いだしたの」
シンシアは昔を懐かしむような遠い目で空を見上げる。
「勇者カウルの最後を……シンシアさんは知ってるんすか?」
「ええ、もちろん。この目で見たから……彼の最後を。
出会いも最悪だったわ。人の心に土足で踏み込むお節介で
自分より他人を優先して頭より先に身体が動いちゃうような善人。
ほんとに勘が悪くて、でも……変なところで勘が良くて……。
彼、フルーツの果実酒が好きでね、バカみたいに一気に飲んですぐにお腹を壊したり
寝相も悪くて寝た方向が違うなんていうのは良いほうで
川の中で寝ていたなんて事もあっ……たわ……。
野菜も食べないし、掃除はサボるし、いつも寝てばっかで頭も悪い……
でも、でもね……とても、素敵な人だった」
シンシアの目からは大粒の涙が溢れ出る。
誰にも話す事ができなかった想いをやっと吐き出す事が
出来たのが心の底から嬉しかった。
「彼の冒険譚を語れるのは、私がこの眼で実際に見てきたから。
この身で実際に体験してきたから」
「だからあんなにお話上手だったんだっ!」
朔桜は合点がいったように一人で納得している。
「まだ質問はある。なぜお前は“精霊女王の忘れ形見”と戦う?
善意か? それとも……勇者の敵討ちか?」
突然の静寂。
全員は息を呑みその答えを待つ。
そしてシンシアは真っ直ぐな目で問いに答えた。
「決まっているじゃない……。この世界の平和のため。
カウルと約束したの。私たちでこの世界を平和にしようって」
「それで千二百年間一人で忘れ形見と戦い続けていたってか?
まったく、呆れるな」
理解出来ないと言わんばかりにロードは両手を広げる。
「それが彼とした最後の約束だからね。
この命尽きる内にはこの世界を平和にできたらいいなって思っているわ。
でも、それには忘れ形見やあの影の存在は私の目的の障害になる。
だから私は貴方たちと組んだの」
「そうか。もういい、これで質問は終わりだ。お前の責は消えた」
「それだけ? 貴方は個人的に聞きたいことがあるんじゃないの?」
「お前の能力はノアから聞いた情報で大体分かった。
その大事そうに付けている指輪の力は今後の働きで見せてもらう。
もう夜も更けてきた。それに全員、満身創痍だ。明日に備えて少しの休息とする」
そう言い残し、ロードは馬車の屋根に飛び乗る。
「さあ! みんな寝よ!」
朔桜の言葉を皮切りにその場はお開きとなった。
皆は一枚ずつ毛布を手に取る。
朔桜、ノア、シンシア、キリエ、リクーナは馬車で川の字で寝て、
レオとキーフは火の傍で横になる。
レオは独り星空を見つめ悔しそうに呟く。
「シンシアさんのスリーサイズ……聞いておけばよかった……」




