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2-2

 その日は、空がどんよりと曇っていた。

 どの時間帯もマーレは相変わらず穏やかだ。

 ルーネスタ王国の城よりも立派とは言えない城は、塔のようになっているのが特徴で、門に少しばかりの緑の庭園がある。

 城は国民に開放されており、庭園では国民を呼び、国王主催の元、茶会が行われたりもする。

 ただ、この日のマーレは、ほんの少しだけ、状況が違っていた。

 いつもは解放されている城の門も閉ざされており、警備の為の兵士もそこに立っていて、立ち入り禁止になっていた。

 物々しい空気になぜか包まれていたマーレに、とある事件が起こる。

 ノインはこれから起こる事も知らずに、街を歩いていた。

 両親に買い物を頼まれたのだ。

 両親と買い物にも出るが、一人で買い物に行く事も多い。

 一人で買い物に出る時は、両親が少しお小遣いをくれるのだ。

 ほんの少しの楽しみでもあったノインは、今日も買い物に出かける。

 小さな商店街があり、そこで必要なものを買い、家へと戻る。

 その、帰り道。

 女性とすれ違う。

 マーレでは見た事のない、すらりとした体躯の、真っ黒な長い髪をなびかせた、赤い瞳の女性。

 何気なく帰り道を歩いているので、そんなには気にはならなかったが、なぜかノインはすれ違いざまに視線を感じたのだ。

 冷たい、視線。

 鋭く、心臓に突き刺さるような、鋭利な視線。

 視線の主はすれ違った女性。

 気になり見れば、もう女性は立ち去ったあとだった。

 視線の意味はわからなかった。

 なんだったのだろう、と首を傾げながら、家に戻る。


「ただいま――」


 お父さん、お母さん。

 そう告げようとした声は、衝撃的な光景と共に声にはならなかった。

 あまりの光景に、持っていた買い物袋を落とす。

 家は、燃えていた。

 両親の叫び声は聞こえず、ただ、真っ赤な炎が家を包み、燃えていた。


「……な、に……?」


 目の前の状況が把握できずに、目を見開いたまま、後ずさる。

 どうして自分の家が燃えているのか。

 両親はどこにいるのか。

 混乱していると、背後から人の気配がした。

 振り返ると、そこには商店街ですれ違った、見た事のない女性が立っていた。

 女性は、ノインを見て、笑んだ。

 その笑顔は、目の前の光景をまるで楽しむような笑顔をしていた。


「こんにちは、ノインくん」


 ぞわり、とした。

 どうして初対面の自分の名前を知っているのか。

 女性は言葉を続ける。


「今、君のお父さんとお母さんはこの中にいるのよ」


 にわかに信じがたい言葉。

 ノインはもう一度、燃え盛る家を見る。

 燃えている、なのに、もうすぐ鎮火しそうな、そんな状態だった。

 火を消そうともしていないのに、どうして。


「魔法使いのあなたならわかると思ったんだけど。――これは私の魔法なのよ」


「……魔法、使い、なの……?」


 魔法使いは、善人だと思っていた。

 なのに、目の前の女性はどうもそれとは違っていた。


「あなたが思っているただの〝魔法使い〟ではないのよ。私はね――」


 しゃがんで、ノインの目をしっかりと射抜く赤い瞳を向け、告げた。


「〝魔女〟なのよ」


「……ぁ……」


 赤い瞳に射抜かれたまま、そのままノインの身体は動けなくなった。

 やがて、声も震え、喉が渇き、発せられるのは小さな怯えた声。

 女性――魔女は、ノインの頬に手を添えて、一撫でする。

 そして、告げた。


「今は少し、眠りなさい」


 瞬間、ノインは瞳を閉じ、そのままその場に崩れ落ちる。

 そのまま動かなくなったノインを抱き上げて、魔女は目の前の燃え落ちた彼の家を見た。


「こんなにこの国が簡単に陥落するなんて。――なんて穏やかな国だったのかしら」


 街を見渡せば、燃え落ちた家々や商店、朽ち果てたマーレの城が一望出来た。

 魔女は、ノインを抱いたまま、歩き出す。

 行先は、朽ち果てた城。


「彼で最後の(ピース)。全く、子供は単純で純粋で、それでいて絶望を感じやすい。大人よりも簡単だった」


 足元の砂がじゃり、と歩くたびに音を立てる。

 ただ魔女は、不敵な笑みを浮かべて、視線をある方向へ向けた。

 その視線の先には、この国からは見えないが、ルーネスタ王国がある場所だ。


「――復讐の始まりよ。その為のこの子たちなのだから。必ずあなたを、あなたの〝聖竜〟も、殺してあげる。全てに後悔するといい。あんなもの、根絶やしにしてあげるわ。だから、待っていなさい。――グレイス・マルスモーデン」


 忌々しく、赤い瞳を向け、陥落した国の城へと足を運ぶ。

 王が座っていた玉座。

 そこすら朽ち果て、何十年も時間が経ち、まるで廃墟のような様相に変わってしまったその場所の椅子に腰をかける。

 その部屋には、この国の少年少女たちが眠ったまま、囚われていた。

 その場所にノインも加え、彼らを見つめた。


「私の可愛い〝お人形さん〟たち。――〝聖竜使い(あの子)〟が幼い子供に殺される気分は、どんな気分なのかしらね」


 椅子に腰かけ、子供たちを見つめ、不敵な笑みを浮かべる魔女。

 その名は、カーマイン。

〝聖竜殺し〟の魔女の姿だった。


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