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「やっぱエルダの母さんのお菓子うんめー!」
「ほら、ヴェルエ、行儀悪いよ。グレイスの分も残さないと」
「……いいよ、レーヴェ。少し残してくれれば」
写真立ての前にエルダから貰ったクッキーをお皿に入れて供える。
両親もエルダの母親のお菓子が好きだったのは承知だったし、焼き菓子ならラップをして置いておける。
ダイニングテーブルの椅子に座って、グレイスが淹れた珈琲を飲みながら大きめなお皿に盛ったクッキーを食べているのは、聖竜のレーヴェとヴェルエ。
彼らは〝聖竜の石〟から出てきて、人間の姿でそこにいる。
普段は竜の姿では出て来ない。
竜の姿で出てしまうと、誰かに見られると驚かれるし、怖がらせてしまう。
青い髪がレーヴェで赤い髪がヴェルエ。
二匹――この場合は二人だが――は、何百年も生きている竜だが、年の頃はグレイスと同じぐらいの青年の姿で出てきている。
これが何百年も同じ姿なのだから、不思議なのだ。
実際、両親がいた頃もこうして出てきては、普通に食事をしたり会話をしたりしていた。
だから、グレイスにとって、この光景はさほど珍しい光景ではない。
グレイスもダイニングテーブルの椅子に座る。
二人と対面の席だ。
「なぁ、グレイス。お前午後、やっぱ顔色悪かったぞ」
「そうだよ。無理しないで授業受けなければよかったのに」
二人は石の中から、グレイスの様子を確認出来る。
だから、午後の授業の異変もわかっていた。
「そんなに単位のが大切? 自分の身体より」
「違うよ、ヴェルエ。……違う」
「じゃあ、どうして?」
「向き合わなきゃいけないからだよ。……私、まだあの時の事、鮮明に覚えてる。でも、私は二人にも、お父さんにもこの命を救ってもらったの。だって、私、まだ聖竜使いとしては半人前だよ。だけど、きっとあの人は、私の命を狙ってる。だから、私強くならなきゃいけない。内面的な問題も含めて。だから、今日授業を受けてて、逃げたくなかったの。きっと、授業を抜け出してたら、逃げた、って意味になると思ったから」
授業を受けている時は、確かに辛かった。
あの日の残像が、脳裏をぐるぐると駆け巡っていたから。
それでも授業を受けたのは、未だ事実を受け入れきれていない自分へ、受け入れろと言う意思。
「グレイスは、弱くなんかないよ」
ふと、レーヴェが言う。
「ちゃんと前に進んでる。強く、一歩ずつ。それに、半人前なんかじゃないと思うよ? 僕らと特訓する時だって一生懸命だし、僕もヴェルエも、グレイスが弱いなんて感じた事ないよ。グレイスは謙遜しすぎ。もっと自分に自信を持って。グレイスに足りないのは、自分に対する自信だけ。それ以外は一人前だよ」
「確かにレーヴェの言う通りかも。父さん亡くなって、グレイスは昔より気力がなくなってるんだよな。気力より自信か。昔言ってたっしょ。『お父さんみたいな立派な聖竜使いになるんだ』って。今は自分の精神を鍛錬するのが大切なのかもな。グレイス、一人じゃないんだ。味方だよ、皆。グレイスのね」
今は自信がないだけ。
決して逃げているわけではない。
グレイスは必死に立ち向かおうとしている。
過去から逃げないために。
「ほら。クッキー。こう言う時は何も考えないで美味しいものを食う。じゃないと、俺が全部食っちまうぞ?」
「……それは、少し困る。エルダにきっと感想求められるから」
苦笑して、グレイスはクッキーを一つ摘まんで。
「私、頑張るよ」
そう言って、クッキーを口に入れる。
バターの風味が引き立つ、甘いクッキー。
ところどころに散りばめられているビターのチョコレートが味を引き締めている。
エルダの母親のお菓子は、いつも癒しと元気をくれる。
エルダだって、グレイスの事をいつも気にかけている。
決してグレイスは一人ではないのだ。
「うん、美味しい」
「ほら、やっと笑った。すげーな、エルダの母さんのお菓子。人を元気にさせる魔法でも入ってんじゃね?」
「あながち間違いじゃないかもね、ヴェルエ」
そんな会話をしながら、夜が更けて行く。
きっと、この時間が、グレイスにとっての休息の時間になっているのだろう。
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