9-7
放課後。
いつもは直帰で帰るところだが、お昼の件もあり、エルダはグレイスに教室に残ってくれと言った。
別にグレイスはそれに関しては構わなかったので、いいよ、と応じた。
グレイス自身もどこかで、お昼の件は引っかかっているのだ。
自分がエルダに言った事、それはエルダの告白を受け取ったという正解ではなかったのだろうか、と。
エルダは、グレイスがお昼に言った事が本当ならば、もう一度改めて告白をしよう、そう思っていた。
薄ぼんやりした返答ならば、きちんとした返答が聞きたい、そう思っていた。
ただ、〝聖竜の石〟の中に居るレーヴェに関しては、その件に関してはもう静観しようと決めていたので、二人の問題として何も言う事はしない。
これは、グレイスという一人の女の子がきちんと向き合って出した答えを、きちんとエルダに告げてあげるべきだと考えたからだ。
三者三様の気持ちで、夕暮れの放課後の教室にいる。
グレイスは自分の席に座ったまま、エルダはグレイスの隣の席を借りて座る。
お互いしっかりと見つめるようにして、どちらから言葉を切り出すのか、探っている。
「グレイス」
長い時間に感じた沈黙、最初に言葉を切り出したのは、エルダだった。
「俺は、お昼聞いたグレイスの返答より、はっきりとした返答を聞きたい」
その声音はいつものエルダの声音よりもはるかに真剣で。
けれど、それにも動じることなく、グレイスは逆に問いかけた。
「私がお昼言った事は、エルダにとってはっきりとした返答じゃなかった、ってこと?」
「だと俺は感じたけど」
エルダがそう答えると、グレイスは少し考える。
エルダが望んでいる〝はっきりとした返答〟はどう答えればいいのか。
「だから、俺はもう一度、ここでグレイスに俺の気持ちを伝えるから、聞いてほしい」
エルダはそう言って、改めてグレイスに告げた。
「俺は、グレイスが好きだ」
それは以前よりはっきりと、簡潔に。
真剣なまなざしで、グレイスを見て告げると、グレイスはエルダのまなざしから瞳をそらさないまま、言った。
これが、本当にエルダが望んでいる〝はっきりとした返答〟となるのか、わからないけれど。
「私も、好きだよ、エルダの事。だからお昼言ったの。エルダの傍にいたい、って」
そのまま、グレイスは言葉を続ける。
「久しぶりに、小さい頃の夢を見たの。その頃、一度だけお父さんに聞いた事があったんだ。お父さんはお母さんのどこが好きなの? って。そしたら、お父さんは私に言ったの。お父さんはお母さんのまっすぐで、不器用なところが好きだ、って。これからもずっと、お父さんはお母さんの事を好きでいるだろう、って。ずっと一緒にいたいから。そう言ってた。確かに、ヴェルエはずっと一緒にいるよ。だけど、ちょっと感覚が違った。レーヴェもそうだけど、二人とも私の〝家族〟であって、〝恋人〟ではないんだろうな、って。だけど、エルダは違った。私はエルダにそう言われるまで、幼馴染だと思ってた。だけど、エルダに告白されて、色々意識し始めて感じたのは、私はエルダとずっと一緒にいたくて、ずっと好きで、ずっと傍にいるんだろうな、って。だから、私はずっとエルダの傍にいたいし、エルダだってそうであってほしい」
グレイスの見つけた答えは、それ以外考えられなかったのだ。
「これが、エルダが望む〝はっきりとした返答〟なのか私にはわからないけど、もし仮にそうだったら、嬉しい」
そう言って、グレイスは言葉を終えた。
すると、席から立ち上がったエルダは、座ったままのグレイスを優しく包み込むように、抱きしめた。
「――俺が望んでた答えは、それで正解」
エルダは嬉しくて、泣きそうになって、それを隠すためにグレイスを抱きしめていた。
泣き顔を見られるのは恥ずかしい、男として、そう思って。
「ずっとグレイスの傍にいるし、ずっとグレイスを好きでいる」
上ずった声が、グレイスの耳に届くと、グレイスは聞いた。
「どうしてエルダ、泣いてるの? こういうのって、泣くほどのものなのかな?」
グレイスは至って平然としている。
だけど、抱きしめられているこの状態で、心臓の心拍数が上がっているのだけは確かだった。
「泣きたくて泣いてるんじゃないよ。……凄い、嬉しいから」
そう言って、改めてグレイスの顔を見る。
グレイスは少し頬を赤らめているようだったけれど、多分それは夕日のせいだと思うようにして。
「愛してる、グレイス」
そう言って、エルダはグレイスの唇に、優しくキスをした。
その行動に、グレイスは驚いたように目を見開いた。
それを受け止める事しか出来なかったけれど、それが〝好き〟である証なら、受け止めていいのだろう、グレイスはそう思った。
「ずっと傍にいてね、エルダ。約束だよ」
グレイスはどこか、胸が温かくなるような気分になって、優しくそう告げた。
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