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ヴェルエがキッチンに立つ、のももう見慣れたもので、最初は悪戦苦闘していた料理も、今では少し慣れたようだった。
味の方はまだまだ、と言ったところだろう。
今朝は桃色魚を焼いたもの、お味噌汁にご飯だ。
「今日はシンプルだね」
「ん。まぁな。……やっぱ、料理の基本ってシンプルなんじゃないかってレーヴェが」
そう言うヴェルエは、今日はどこか歯切れが悪い。
少し違和感を感じながら、グレイスは二人と一緒に食事を始める。
「ヴェルエ、料理上手になったね」
「……え?」
グレイスが食事をしながらそう言うと、目を丸くしてぽかんとした表情で、ヴェルエがグレイスを見やる。
一瞬手に持っていた箸を落としそうになったのは、ひやりとしたが。
「……何か変な事言ったかな?」
ヴェルエの視線に気づいたグレイスが問いかける。
「い、いや! 全然! むしろ嬉しいぐらい!」
慌てたような口調でヴェルエが言うものだから、グレイスの隣に座っていたレーヴェが苦笑していた。
「お父さんの事、思い出すから」
「……マスターの?」
「うん。お父さんも最初はこうだったんだろうな、って。……小さい頃の記憶だからあんまり覚えてないけど。お母さんがフォローしてたっていうのも頷けるな、って。なんか、ちょっとずつだけど思い出してきたんだよね。……お母さんと一緒にいた頃の事」
目の前で起きた惨劇、あの日以来記憶に蓋をしていたのかもしれない。
けれど、区切りがついた今、もうその蓋は開けてもいいのではないか。
グレイスは最近よくそれを感じるようになったのだ。
「だから、ヴェルエがご飯を作り始めた頃はさすがに驚いたけど、……やっぱりちょっと嬉しかったな。――家族、みたい、な」
不意に二人ははっとした。
そういえば、グレイスは家族らしい暮らしをしていなかった、という事を思い出したからだ。
元々あった家族。
確かに、普通の家庭ではなかったかもしれないし、それが壊れてしまった日から、グレイスは家族というものにどこか憧れがあった。
マーレの子供たちの件でも、グレイスは親を失った彼らに心を痛めたぐらいだ。
それほどグレイスには家族と言うものに、どこか憧れと懐かしさを感じていたのかもしれない。
「俺らはグレイスの傍にずっといるよ」
不意に、ヴェルエが言った。
「だって、家族じゃん? ずっと一緒にいるんだから」
そう言って、グレイスににか、と笑んだ。
グレイスは少し驚いた表情をしたが、すぐに少し嬉しそうな表情になった。
「……そうだね。二人がいるもんね」
グレイスは、そう言って、食事を再開する。
自分は決して一人ではなかった、二人はずっと一緒にいる。
形は違う、だけど、三人は家族。
グレイスの心は、少し温かくなった気がした。
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