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9-2

 休日。

 家でぼうっとしていたグレイスの元へ来訪者。


「グレイス。……試食お願い出来る?」


 エルダだった。

 両手にエルダのお店の紙袋が二つ持たれていた。


「あのさ、母さんが張り切り始めたって話したじゃん? そしたら、今回試作多くなっちゃったからって」


 よいしょ、とダイニングテーブルの上に袋を置くと、エルダはグレイスに向けて苦笑い。


「ごめんね。真っ先にグレイスに試食してもらいたいって。お願い出来る?」


「わかった。……とりあえず座ってね。お茶……」


「俺が入れるから座ってろ、グレイス」


 入れるね、と言う直前にその言葉を遮ったのはヴェルエだ。

 いつもと違うヴェルエの雰囲気は、恋敵を目の前にしているから故の事なのか、やたら率先的だ。


「ごめんね、エルダくん。ここのところ、ヴェルエこんな感じで」


「気にしないよ。グレイスからも少し聞いてるから」


 そう言いながら、袋の中身をあけていく。


「アンジェトワールっていう焼き菓子と、焼きドーナツ。あと、小さめのスフレ、フロランタンにリーフパイ。あと、もう一つはグレイスに、って作ったミルクレープ。これで全部」


 焼き菓子も試食、とは言えないぐらいの量、ミルクレープが入っているであろう箱は、サイズ的には六号ぐらいのサイズのもの。

 これはよもや、試食というよりも、エルダの母親がグレイスの為に持って行けとばかりに言ったもののような気がしてならなかった。

 アンジェトワールは、フィナンシェのような焼き菓子という形容が正しいのか、バターとショコラの二種類。

 焼きドーナツもプレーンとチョコの二種。

 小さいスフレはチーズスフレとチョコレートスフレの二種。

 フロランタンには、ルーネスタ王国でもあまり見かけないクロボックルという品種の豆が使われていて、キャラメルに包まれて焼かれている。

 リーフパイは、ハルニレというルーネスタ王国でよく見かける木の葉の形をイメージして作られているもの。

 ミルクレープには生クリームがたくさん入ったカスタードクリームに、桃やキウイを挟んだもので、エルダの母親の店でも人気商品だったりする。


「お茶。……ってなんだ今日、お菓子パーティーか何かか? すげぇ量だな」


 ヴェルエがお茶を入れて戻ってきて、ダイニングに広がっているお菓子たちを見て、驚きながらもお茶を配膳していく。

 確かに、この量の試食の事例はなかったことだ。

 誰もが驚いている。


「……確かに、エルダのお母さんの張り切り度が目に見える」


「まぁ、それもあるんだけど、そろそろ贈答シーズンだって。もうすぐ、クリスマスだし、ってのも一端かな」


「あぁ、なるほど」


 クリスマスの時期が近付くにつれ、エルダの店は多忙と化する。

 毎年クリスマスケーキの予約や、年末の贈答用にとお客さんがひっきりなしだというのも聞いた事がある。


「エルダ、店番は?」


 ふと沸いた疑問をエルダにぶつけるグレイス。


「あぁ。まだクリスマスケーキの予約も始めたばっかりだし、この試作は贈答用だから、早めにグレイスに感想貰ってこいってお達しが、ね」


 苦笑いでエルダはその疑問に答えた。


「大変だね、エルダくん。手伝いも」


「まぁ、毎年の事だからね。……今年はちょっと、母さんの意気込みが半端ないだけ。じゃあ、早速食べてもらっていい? あ、ミルクレープは母さんからの心付けだから、後でいいよ」


「わかった。いただきます」


 全員でそう言って、贈答用の焼き菓子から試食する。

 まずはアンジェトワール。

 バター味はバターの風味が口いっぱいに広がって、ショコラのほうも、チョコレートの味が口いっぱいに広がる焼き菓子。

 きっとこれなら万人受けするだろう。

 確かに、エルダの店にフィナンシェは存在するものの、今回のものは贈答用の特別なバターやチョコレートを使っているのだとか。


「四つずつ、八個入りで販売するらしいよ」


「へぇ。いつものフィナンシェと違って美味しいね。なんか、特別って感じがする」


 そう言ったのはレーヴェだ。


「贈答用だから、ちょっとリッチな感じにしたかったみたい。いつも同じような贈答用のメニューになっちゃうから、今年は趣向を変えたらしいよ」


 焼きドーナツはエルダの店の焼き菓子の中でも定番商品でもある。

 グレイスたちも何度か貰った事がある。

 小ぶりで食べやすいドーナツは、お菓子の詰め合わせの中に入れて販売するのだとか。


「いつ食べても美味いわ、これ。何個でもいけるもんなー。油で揚げてないからくどくないし、食べやすいし」


「俺も余ったの貰ったらつい食べ過ぎちゃうんだよね」


 ヴェルエとそんな会話を交わしているエルダの様子を見ながらも、グレイスは次へと手を伸ばしていた。

 小さいスフレ、チーズとチョコレートの二種だ。

 円形状の小さなスフレは、今年初の試みなのだとエルダが言っていた。


「母さん、いつかスフレは商品化したい、って言ってたんだけど、自分が納得できるまで時間がかかったって。今年やっと出来て、スフレのセットで販売するみたい」


「スフレって、そんなに作るの大変なのか?」


「大変……というか、チーズのブレンド率の試行錯誤だよね。ちょっと違うだけで味が変わっちゃうから、そこが一番大変だったみたい」


 なるほど、とエルダの話を聞きながら、試食する。

 口に入れるとふんわりと、バランスのとれたチーズの味、チョコレートの生チョコのような口どけ。


「うわ、美味しい」


 素直にそんな感想しか、三人には出せなかった。

 エルダの母親の苦労が垣間見える。


「これが今年の目玉商品らしいから。三人が美味しいってことは、お墨付きってことだから、母さん喜ぶよ」


 そう言って、最後の試食、リーフパイを差し出す。

 ルーネスタ王国でよく見かけるハルニレの木の葉をイメージしたリーフパイ。

 バター風味のサクサク食感のパイは、子供からお年寄りまで、万人受けする焼き菓子だ。


「これは焼きドーナツと一緒の詰め合わせに入るみたい。定番商品だしね、うちの」


「これも美味しいよね。つい手が伸びるぐらい」


「この絶妙な食感がたまんねーんだよな。シンプルなのに美味いし」


「確かに、置いてあったらつまんじゃうよ。俺、焼き立てつまみ食いしようとして、母さんに何回か怒られてるから」


 苦笑しながらエルダが言う。


「あー、焼き立ては美味そう! エルダ、今度焼き立て持ってきてくれよ」


 ヴェルエがエルダに無茶ぶりをする。


「多分無理に近いと思うけど……。一応母さんに聞いてみるよ」


 エルダがそう言ってから、最後のお菓子――ミルクレープを差し出す。


「これは試食対象じゃないよ。母さんから「いつもありがとう」の心付け。三人でゆっくり食べて」


「エルダくんは? 食べて行けばいいのに」


「俺、早めに帰ってくるように言われてるんだ。夕方からちょっと店の手伝いをね」


「大変だね、エルダ」


「仕方ないよ、もう慣れた。じゃあ、感想諸々母さんに伝えておくよ。ありがと」


 そう言って、笑顔をこぼして、グレイスの家から出て行く。

 試食のお菓子も、ミルクレープも残ったまま。


「ミルクレープは、晩ご飯の後に頂こうか」


 グレイスがそう言って、冷蔵庫へ。

 そういえば、大した感想なくただ美味しいと思って食べていたので、何も感想を言えなかったな、とグレイスは思った。


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