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「ヴェルエはさ、グレイスに振り向いて欲しいんだよ」
家に帰って、グレイスの自室で、レーヴェが人の姿で言う。
グレイスはベッドの上に座り、その隣にレーヴェが座っている。
「こうやって急に料理とか、家事を始めたのも、多分グレイスに振り向いてほしいから。ヴェルエはさ、多分グレイスと過ごしている時間は長いと思っていても、エルダくんと一緒にいる時間もあるし。グレイスはヴェルエといるのは〝当たり前〟の事だし、ましてやヴェルエの主なんだからね? だから、その距離を縮めたいんだと思う。それがヴェルエなりのグレイスへの好きっていうアピールなんじゃないかな」
「……私、まだその〝好き〟がわからないし、どちらを選べばいいか、まだわからない。だけど、どうしてだろうね。……今日、エルダと一緒にお昼を食べられなかったのに、寂しいなって思った。これも、恋に関係する?」
「どうだろう。だけど、少なくとも関係はしてるんじゃないかな。だって、今日は〝当たり前〟が崩れちゃったわけだし、多分エルダくんも寂しかったんじゃないかな。エルダくんがグレイスと一緒に過ごせるのって、学院での限られた時間だし、それにまぁ、ある意味ヴェルエが水を差した、っていう感じなのかな」
「……レーヴェから見て、ヴェルエって、どういう人、なの? 人っていう比喩、おかしいのかもしれないけど」
「ヴェルエか……。うーん」
レーヴェは少し考えて、グレイスに言った。
「一言でまとめると、独占欲が人一倍強い」
「……独占欲?」
「そう。何か自分のものにしたいな、って思ったら、それに向かって突っ走るタイプ」
「……それが今?」
「かもね。グレイスを好きだって言ったのも、エルダくんの邪魔をしたかったわけじゃなくて、本人は本気で考えてるんだと思う」
「……でもね、レーヴェ。私とヴェルエは……言い方が悪いかもしれないけど、主従関係にあるわけだよね? 例えば、私がヴェルエの気持ちに応えたとして、それっていいことなのかな?」
「うーん。これまでこんな事例はなかったからね。僕もそれに関しては何とも言えないけど……。だからと言って、関係が崩れる事はないと思う。グレイスが例えば、ヴェルエの気持ちに応じる事が出来なくても、その関係は崩れないと思うよ。ヴェルエは、そのあたりの諦めというか、割り切りは出来るタイプだと思うから。だから、グレイスはそんなに心配しなくていいんじゃないかな。ヴェルエだって、グレイスを好きだって気持ちを持ちながら、やっぱりどこかでは主従関係にあるってちゃんと理解しているだろうし。だから、後はグレイスがきっちりと決める事が大切だと思うよ。いつまでも宙ぶらりんだと、二人とも気がおかしくなっちゃうかもしれないし」
そう言われても、とグレイスは口に出そうだった言葉を飲み込んだ。
最終的に答えを出すのは自分なのだ、レーヴェにとやかく言ったところで、何も変わらないのはわかっている。
「多分、今のグレイスは、先の事で考えすぎているんだろうね。二人との関係性が崩れちゃうのが、不安なんじゃないかな」
「……どうして、わかるの?」
「なんとなく、かな。だけど、どちらを選んでも、きっと大丈夫だよ。これからも何も変わらないだろうし」
そう言って、レーヴェはグレイスの頭をぽんぽんと撫でた。
グレイスは先の不安に答えを出せていないだけ。
先の事は考えなくていい、そうしなければ、グレイス自身の最善の答えが出ないだろうから。
「おーい! 夕食出来たぞー」
そんな神妙な雰囲気をぶち壊したのは、ヴェルエの声。
「さ、晩ご飯、食べに行こう。……そういえば、今日のお昼のお弁当、どうだったの?」
レーヴェがグレイスに問いかけると、少しため息をついて、グレイスは答えた。
「味が濃かった」
そう言って、二人は部屋を出た。
今日の夕食は何か、胸を躍らせる事もなく、心の中では今日こそ美味しいご飯を、と少し望んでいた。
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