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林檎のタルトは、外側がパイ生地になっていて、シロップ漬けされた林檎がごろごろと乗っているタルトだ。
見た目はシンプルなタルトだが、クリームは林檎風味のコクのあるアーモンドクリームが入っている。
一方の苺のタルトは、ルーネスタ王国でも希少とされる〝アカネベリー〟という品種を使ったタルトだ。
アカネベリーは小粒な苺で、爽やかな甘みとしっかりとした酸味が特徴なもので、それを惜しげもなくタルトの上に敷き詰めるように並べ、中のクリームはサワークリームを加えたカスタードクリームという、一風変わったものだった。
切り分けたタルトを配膳して、グレイスも空席だったエルダの隣に座る。
「美味しそうなタルトだね」
「苺のタルトはアカネベリー使ってるから、数量限定にするって言ってた。初めて食べてもらえるのがグレイスだって、母さん喜んでた」
「アカネベリーって希少だから値段も高いもんね。お父さんも食べたことないと思うよ」
「確かに。マスターって、実は苺好きだったけど、これだけは高くて手が出せないって言って悔しがってたもんな」
「そうなんだ。……グレイスのお父さん、苺好きだったんだ」
「うん。お母さんもね」
〝お母さん〟の単語がグレイスの口から出た事に、三人は驚いた。
驚いた表情のままグレイスを見る。
「……もう、吹っ切れた。大丈夫。ほら、食べよう」
そう言って、グレイスはタルトを食べるよう促す。
四人でいただきます、と言って、タルトを食べる。
「林檎のタルト、パイ生地がサクサクしてて美味しいね」
「俺、母さんが作ってるの見てて、林檎のパイ作るのかと思ってたんだけど、タルトでびっくりしたんだよ」
「エルダ、つまみ食いとかしねぇの?」
「しないよ、ヴェルエ。母さんの試作中は俺が店番任されるんだから。そんな暇ない」
「林檎も大きくカットしてあって、美味しい。中のアーモンドクリームとも絶妙にマッチしてるね」
「うん。一見してシンプルなのに、普通だって思わせないのがエルダのお母さんのお菓子の技なのかな。美味しい」
そして次は苺のタルトへと手を伸ばす。
「……すげぇ……。アカネベリーってこんなちっちゃいのに苺主張すんだな。これ食べれなかったマスターって損してる。つか、俺らがラッキー!」
「甘みと酸味と、あとサワークリームが入ったカスタードクリームとの相性もばっちりだね。凄く美味しい」
「俺もアカネベリー、初めて食べたけど、凄い美味い。……なんか、数量限定だと開店直後に売り切れるのが安易に想像出来る気がする……」
そんな会話を三人がしながらグレイスを見ると、グレイスも苺のタルトを一口、放り込むところだった。
「……どう、グレイス?」
エルダは感想を聞いてみる。
少しの沈黙の後、グレイスの口から感想が出て来た。
「とっても美味しい」
そう言って、幸せそうに笑んだのだ。
グレイスの笑顔なんて見るのは久しぶりの事で、三人は嬉しいを通り越えて驚いてしまった。
たった一言の感想だったが、グレイスが喜んだのは一目瞭然だった。
三人もそれを見てほっとしたような表情を浮かべた。
美味しそうに味わって食べて、四人でごちそうさまをして、もう普段のグレイスに戻っているのをなんとなく感じた。
「やっぱり、エルダのお母さんのお菓子は、魔法のお菓子だね。いつも、元気をくれるから。お父さんとお母さんがこれを食べたら、……二人とも仲良くなれたのかな」
グレイスは不意にそう言った。
お互いが好きなものを食べて、普通の暮らしをすれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
グレイスが言った言葉が、三人の胸に刺さった。
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